幻聴の寓話:樹村みのり論
 「樹村みのり」論を不定期的に更新します。主眼は「人間が一個の人としてのまとまりをもつ」ための倫理(学)的考察にあります。反道徳的なくだりもありますから、道徳的な説諭を期待しないで下さい。
 (以前のアーレント論は読むに堪えないのでこの機会に再改訂。)
 80年代初め頃までの樹村みのりの作品がそれぞれどの季節に属するのか、季語に注目して分類するプロジェクトを継続中。暫定的ですが、中間発表。島本さん・笹生さん・大久保さんの資料、ご助言を参考にしました。
 再開するにあたり、構成を変えます。
一、季節の巡りのなかで
  @玄冬 A青春 B朱夏 C白秋
二、多声の檻
三、意味という過剰
四、ナルキッソスの迷宮(1)
五、ささくれた想い
六、ナルキッソスの迷宮(2)
七、観念空間
八、発光する気流

一、季節の巡りのなかで
 ともあれ、樹村みのり作品にある程度触れないと、意思疎通ができないと思うので、季節の巡りに即して70年代の作品群を見ておきたい。

初出 作品名 季語 季節
りぼん1964年春の増刊 ピクニック 遠足 晩春
りぼん1965年8月号付録 雨の中の叫び 氷雨 三冬
りぼん1965年8月号付録 ふたりだけの空 青空 三春
りぼん1965年8月号付録 風船ガム 風船・石鹸玉 三春
別冊りぼん1966年Spring第1号 エッちゃんのさくら貝 桜貝 三春
別冊りぼん1966年秋の号第4号 こわれた時計 朝寝 三春
りぼん1966年12月号 9月(6月)
りぼん1967年4〜6月号 あした輝く星 (新日記) 新年
りぼんコミック1968年5月号(第3号) トミイ 芝刈り機 三夏
ジュニアコミックス1969年3月号(第8号) 風船 風船 三春
ジュニアコミック1969年5月号(第9号) トンネル 穴施行 晩冬
ジュニアコミック1969年8月号(第10号) にんじん 人参 三冬
COM1969年9月号 おとうと 新入生 仲春
だっくす1978年11月号(1969年作品) 窓辺の人 渡り鳥 三秋
りぼんコミック1970年5月号 まもる君が死んだ 縄跳び 三冬
COM1970年5・6月号 解放の最初の日 早春
りぼんコミック1970年8月号 病気の日 アイスクリーム 三夏
りぼんコミック1970年9月号 海へ… 夕焼け 晩夏
りぼんコミック1970年10月号 カルナバル 2月(8月)
りぼんコミック1971年2月号 冬の花火 三冬
りぼん1971年5月号 跳べないとび箱 ぶらんこ 三春
COM1971年9月号 おねえさんの結婚 読書 三秋
COM1971年12月号 こうふくな話 虫捕り 三秋
同人誌掲載 昇平君とさちこちゃんの夏休みの絵日記 夏休み 晩夏
ファニー1973年5月号 ウルグアイからの手紙 枯葉 三秋
別冊少女コミック1974年10月号 贈り物 夏休み 晩夏
別冊少女コミック1974年11月号 見えない秋 運動会 晩夏
別冊少女コミック1974年12月号 雪どけ 雪どけ 早春
少女コミック増刊フラワーコミック1974年冬の号 ヒューバートおじさんのやさしい愛情 新学期 晩夏
別冊少女コミック1975年1月号 菜の花 菜の花 晩春
高一時代1975年2月号 2月のふたり 晩冬
別冊少女コミック1975年2月号 ローマのモザイク 復活祭 晩春
別冊少女コミック1975年4,5月号 翼のない鳥 渡り鳥 三秋


@、玄冬 少女の記憶に刻まれた陰画

 14歳のデビュー作「ピクニック」(=64)を初めとする、少女の目に映った不安・不条理を主題とした作品群。「雨の中のさけび」(=65)を別にすれば最初はおしなべて、春の作品が多い。「トンネル」(=69)から「カルナバル」(=70)「冬の花火」(=71)では、白黒のコントラストが特徴的である。それは自我の不安を、剥き出しのまま象徴する。代表作「病気の日」。なお玄冬から白秋に至る、季節を通底するアウシュビッツ問題と、ヴェルコール作『海の沈黙・星への歩み』(*1)の〈象徴〉との対照比較には、興味をそそらされる。その後、〈秋のめぐりの歌〉の時期〔「おねえさんの結婚」(=71)「ヒューバートおじさんのやさしい愛情」(=74)〕は、わずかに喪失の経験を予感させる。
A、青春 喪失の感触
 71年の「こうふくな話」(年代的には69年の「窓辺の人」にも遡れる)から、青春の、喪失の問題が主題化されていく。連作〈菜の花畑〉シリーズは、喪失(ネガ)の側から見た、ポジである。代表作「贈り物」(=74)「翼のない鳥」(=75)。
B、朱夏 デミアン的想い
 75年の連作〈光へむかう風・海へむかう流れ〉をあたりから、道徳の枠を超えた、連帯のあり様が突き詰められていく。逆に言えば連帯とは、つながらない人たちとの断絶を意味する。代表作「わたしたちの始まり」(=75)「早春」(=76)「星に住む人びと」(=76)「メダリオン」(=78)「ジョーンBの夏」(=80初出時未完、82年に完成)「海辺のカイン」(=mimi版81.3)。
C、白秋 大人へと頽落すること
 成熟の問題へのこだわりが過去の物語として語られる。朱夏の季節では、他者と出会いが、賭けとして描かれていたのに対し、「同じ水位の感情」もった成人の行き違い(藤本由香里は「感情の浸透圧が同じ」と評する)として表現される。 代表作「海辺のカイン」(=改訂版コミックス81.5)の改訂を、作品群の分水嶺とする。

(*1)『星への歩み』の主人公トーマ・ミュリッツが「ダビテの星」(母方がユダヤ人)を身につけて現われる後半部から一気に、作品の悲劇は加速していく。悲劇への疾駆もまた樹村みのり作品の特質である(「解放の最初の日」「メダリオン」)。ヴェルコール著/河野與一・加藤周一訳、1973、『海の沈黙・星への歩み』岩波文庫、125ページ以下。

 「わたしたちの始まり」や「星に住む人びと」が書かれた70年代中期の作品群を、朱夏の季節の作品と呼ぼう。それらにおいて、樹村みのりは最も輝いていたのではないだろうか。とすれば彼女を〈夏の作家〉と呼んでもいいだろう。夏において、人は海辺に誘われる。その季節の最後に位置する「海辺のカイン」mimi版こそ、彼女の代表作と言うべきである。その理由は追って明らかとなるはずである。

一、玄冬 少女の記憶に刻まれた陰画
2018/9/22
   樹村みのりの「トンネル」より。ゴッホの耳の絵と比較してください。
 左の「トンネル」のイラストのように、玄冬の季節すなわち14歳から21/22歳の樹村みのりの眼に映じていた風景には、不安・不条理がまといついている。この季節の作品は、白と黒のコントラストが顕著である。それは作者の自我のかたちを反映しているのかもしれない。作者の早熟で不安定な自我、剥き出しのまま社会に投げ出された個の不条理を暗示しているかのようである。
 例えば、それは小林秀雄の最初期「一つの脳髄」の不条理とも通じている、と言えないだろうか。 「顔色の悪い、繃帯をした腕を首から吊した若者が石炭酸の匂ひをさせて胡坐をかいて居た。その匂ひが、船室を非常に不潔な様に思はせた。傍に、父親らしい痩せた爺さんが、指先きに皆穴があいた手袋で、鉄火鉢の辺につかまつて居る。申し合せた様に膝頭を抱えた二人連の洋服の男、一人は大きな写真機を肩から下げて居る、一人は洗面器と洗面器の間隙に頭を靠せて口を開けて居る。それから、柳行李の上に俯伏した四十位の女、 ――これらの人々が、皆醜い奇妙な置物の様に黙つて船の振動でガタガタ慄へて居るのだ。自分の身体も勿論、彼等と同じリズムで慄へなければならない。それが堪らなかつた。然し自分だけ慄へない方法は如何にしても発見出来なかつた」(*1)。社会のなかに晒されたひとつのコギト。

(*1)小林秀雄、1969、『小林秀雄集 現代日本文學体系60』筑摩書房、179ページ。

2018/9/17
 小林の自意識のあり様を、江藤淳は次のように分析した。私が「彼等と同じリズムで慄へなければならない」ところに、他者と水平的な関係に立つ「相対的な感覚」の露頭が見られる、と(*1)。そこに江藤は現実の抵抗を感じる。自分は重いのだ。にもかかわらず同じ重さで他者も存在している。そのような水平的関係である。
 〔公共の言説は、必ずこの水平性を取り込んでいる。例えば左のような国吉康雄に見られる〈社会意識〉。この「誰かがわたしのポスターを破った」(1943)には着飾った女性が振り返る姿を正面に置いて背後に敗れたポスターが作品上部に描かれている。それには、例えばカッコーの娘たちで言及されるベン・シャーンの、「反ファシズムをよびかける」メッセージが籠められている、と言う。国吉/ベン・シャーンのような〈意識〉が、公共で通用するのだ。〕
 しかし同時に江藤は、その抵抗の描写が、反面における「裏返された自負の表現」(*2)であることを見逃さなかった。「それが堪らなかつた」のは、のっぴきらない他者の顔に相対して、自分の重さと不釣合いであるという、不快感に由来する。つまり彼我の落差を生み出す自意識から迂回して出てくる。
 ここに、少女樹村みのり=玄冬の季節の自意識と、小林のそれの共約項がある。作品「トンネル」で、広場のありふれたトンネルをくぐり抜けることを恐怖する少年は、次のように自問していたことが思い出される。
 「だれもがみんな勇敢にそのトンネルをとおりぬけていった しかしぼくには…/どうしてもできなかった
 「彼らがあのトンネルを/平気で/とおりぬけられたのは/
彼らが勇敢だったからではなく/
決してそうだったからではなく/気づかなかった/だけのことなのだと/わかったのは…/
それから/もうずっと後に/なってからのことだった」/
 トンネルをくぐり抜けないような子供を、往々にして人は臆病者と呼ぶ(例えばそうした無理解が『車輪の下』のような悲劇を生むのだ)。臆病者という呼び名にこめられたおとしめに、小林や樹村の自意識は対抗する。重い自分に戸惑う者たちは、コギトにひりひりと晒されるのだ。

(*1)江藤淳、1973、『小林秀雄』講談社文庫、13ページ。
(*2)同書、14ページ

2018/12/25
 例えば大島弓子のチビ猫は、未来に思いをはせる時、その語りは
 「死……猫はどれくらい生きられるのでしょうか」
と疑問形となり、現在の自分との関係がぼやける。そして独白。
 「〔思いは〕かげろうのように」
移り変わると言われ、時間意識の定方向性は否定される。このことに示されるように、未来が現在と非連続的であるなら、不可逆的な成熟の過程は成り立たない。だから、そこに「ときの真空地帯」とでも呼べそうな情景が現われる。例えば、チビ猫が夜の竹やぶの中でラフィエルを呼ぶ場面、猫は人間になれないことを知った時の闇の中の梅の場面等々。
 なぜチビ猫は半永久的に成熟しないのか。その秘密は、猫アレルギーの時夫の母、二三子によって抱擁されるところにある。もし猫が猫のまま死んでしまうことを認めれば、チビ猫の〈子〉は死によって脅かされよう。それを救うのが、二三子の母性なのである。「子」の否定という崖っぷちからの、蘇生。つまり子供であり続けることが、「綿の国星」の主題と言えるかもしれない。(ラスト近くのコマ割に竹の子の新生が、描き加えられていることが、出産の隠喩となっている。ちなみに小編「ミルクパン・ミルククラウン」の言葉遊びは母性の秘密を暗に示している。)
 この大島弓子の世界に対して、樹村みのりのそれを特徴づけるのは、母性との疎隔、さらに死(もしくは病)への近しさである。子供にとっての〈異〉を、樹村みのりの世界が抱えていることを、「病気の日」に即して一瞥することにしよう。

2018/12/25
「樹村みのりの文法」
 樹村みのりの心象風景に付きまとっているのは、「見えない秋」(=74)の考察が示すように、死・病という陰画、子供にとっての非日常的不条理である。
 話はそれるが、刑事コロンボ(=73)「意識の下の映像」のストーリーにサブリミナル効果を使った犯罪がある。サブリミナル効果というのは、人間の潜在意識に訴える、広告的な効果のことである。コロンボの劇中では、1956年にニュージャージーの映画館でテストされて、すぐに禁止された手法が使われている。それは、映画フィルムの中に一齣、1/24秒の別カットの挿入し、観客に気付かれないままメッセージを伝える手口である。観客は知らず知らずの内に洗脳され、挿入された広告商品を買ってしまう、と言う。
 樹村みのり作品「病気の日」にもサブリミナル効果を出す、左[←]のコミックページの、母親の泣いている姿が挿入されている(都合作品全体で三箇所・他ニ箇所は病気の日、おみまいを持ってきてくれた沢本君の戸惑いの顔)。
 念のため「病気の日」のストーリーを要約しておけば、以下のようである。〔なお一説のようにフラッシュ・フォワード(*1)ではなく、病気の日でないときの、記憶のフラッシュ・バックであろう。〕
 主人公、陽だまりの子=陽子にとって、病気の日はとてもステキな日。なぜなら学校は休める・遅くまで寝てられる・お母さんはわがままを聞いてくれる・クラスの意地悪な子からお見舞いが届けられる・お母さんとお父さんが普段とは違って仲良しに見える・・・。
 こうした非日常のなかに浮かび上がる〈陽だまり〉が病気の日である。その倖いは、日常とのコントラストをなしている。両親の不仲で損なわれている日常じたいが負を担っていることによって、本来忌むべき病気の日に、逆説的な幸が描き込まれる。
 ここで、「ある種の沈痛な「刑罰の意識」で黒く縁どられている」ことが見られる。それは陽子に付きまとう「不安によってかすかに揺り動かされている」(*2)。その低音部を、漱石の自我の秘密にぴったり重ね合わせるのは、無理筋だとしても、同じく他者との不協和で隈どられている。陽子が、その中で色々な音の不思議に耳を傾かせ想いを戯れさせる、そうした〈陽だまり〉は、或る種のマイナスとのバランスにおいて、かろうじて成り立つ。

(*1)『みのりすと』104ページ。
(*2)江藤淳、1971、『夏目漱石』講談社文庫、35ページ。

2018/12/26
 大島弓子は答えを与える。樹村みのりは問いに立ち止まる。
 この両作家を対照するよすがとして、橋本治の大島弓子論に言及しておこう。橋本の『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』(*1)から引用する。
 「作品を仕上げる大島さんに答は分っています。それこそ“分かっている”のです。
 何故分からなければいけなかったのでしょう?それは分からなかったからです。分からないことが自分自身を苦しませたからです。ですから、その作品の終末がどんなものであれ、“分からない”ということに対する答が出た以上、それはよいことです。
 結末が悲しいものであるなら、その問いかけそのものが間違っています。ですからそれを大島さんは作品にしません」(下、185ページ)。
 もし現実が常にハッピーエンドで終わるのなら、とやかく文句を言う筋合いはない。しかし「子供の安全地帯」に安住できないとしたら、いつもハッピーエンドを期待するのは、余程おめでたい。現実とのせめぎあいに、目を背けない人を、誠実な人として尊敬したい。そうした人が問いかけを大切にし、 それから紡ぎだされる思考を追う姿勢があればこそ、彼女/彼を敬いたい。
 わたしたちは大島弓子の対極に見つけ出される、樹村みのりの「問い」に揺さぶられる。「おとうと」(=69)の一節を引用することは、いささか気恥ずかしいが、あえてそれを厭うまい。
 「人生は「なぜ」という疑問詞の宝庫であり、/生きるとは、行動と意識の渦中における/数限りない覚醒の連続です。/
我々は常に自らに問い、語りかけ、/この奇跡のような「存在」の無数の燭台を、/1つ1つ丹念に認識の灯で飾っていくのです。/
それらは星のように輝くでしょう。/
生きよ、生きよ、生きて苦しめ!/
幸福を祈ります」/
 樹村みのりの〈自意識〉は大島弓子の〈子〉性と対照をなす。橋本治は後者について以下のように証言している。
 「大島さんは女の子でした。女の子供でした。女であり、そして子供でした。
 子供には力はありません。できることとできないこと、その差を見極める力さえないのです。そしてその為に、子供は夢を見るのです。夢を見ながら生きるのです。半睡半醒の内に」(*2)。そして力のない子供達は「自分がその“時”の中にいることさえ知らずに過ごします」(*3)。
 すでに「綿の国星」の日常には、抒情詩が(非日常の視点を仮設することで)充ちていることを見た。言わば非日常が地となって、日常という図を浮き上がらせていた。それが子を培養する空間の秘密である。それに対して、樹村みのりの「病気の日」・「見えない秋」は逆に、非日常という図を浮かび上がらせているのではなかろうか。果たして救済は必然性をもっているのか。〈生きられる時そのもの〉を見出したは誰であったか。つまり橋本の言うように大島弓子であったか、それとも?という極めてプルースト的な問題にここで誘われることになる。〔斉藤次郎の「見えない秋」日常還帰論を批判の俎上に載せる準備が整った。〕

(*1)橋本治、1995、『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』河出文庫、185ページ。
(*2)同書、207ページ。
(*3)同書、207ページ。

2018/12/27
 斉藤次郎は「樹村みのり論」は「見えない秋」を中心に論じている。後に「見えない秋」を,「喪失論」として読みたい。一部引用しておこう。
 「友だちの死という日常生活の中でおこった突発的事故に触発されて、長谷川祐子は感じやすい心いっぱいに、死の本質に迫っていく。発熱の寸前見た漂白の風景それ自体もまた、ぼくたちが死と呼ぶものの一部であるに違いなのだ」(*1)。
 樹村みのりが死の本質を論んじているかは疑問だが、シャルル・ペギーが警句が指し示すように、死は他人においてのみ起こる事件である(エピクロスにとって死自体が否定されたように)。わたしたちは「見えない秋」の物語中、「トンネル」の黒みと対照的な、よそよそしい〈死の白み〉に染まった非日常的ショットを見出す。それは、佐藤君の死という非日常が、日常にもたらした亀裂を象徴している。そのことはまず間違いない。だがそれの修復は、斎藤の言うように偶然の手に委ねられたものだったか。以下のくだりは俄かに肯定しがたい。
 「だが救済の手は思わぬほうから差しのべられる。運動会の翌日、すっかりクラスの人気ものになった〔転校生本橋〕理恵子は、友だちと遊ぶ休み時間、祐子に声をかける。遊び仲間に入らないかと誘うのである。「うん」と答える祐子に理恵子はさりげなく言う。「よかった。わたしね、あなた、わたしのこときらいなのかと思っていた」」(*2)。
 この斉藤の判断の前提として、「迷妄と救済の拷抗」において、ストーリーが「死」からの解放を留保したという読みがある。迷妄と救済の「永遠」の反復運動。その閉じられていないことの換喩として「見えない」(*3)という修辞が使われていると言う。したがって作中の時空は「永遠の反復」として理解される。
 しかし、死が不可逆性を旨とするものであるのなら、その作品の時制は永遠性を拒否すると言えよう。
 「たとえばあの時のあの子の涙は?/
足を飾った/木もれび…/
地面の/ぬくもり…/
空に向かった/あの子の/想いは?/
そうしたこともみな/
あの子の死とともに/
なくなって/しまうのでしょうか?」/(「見えない秋」『病気の日』主婦の友社,1978,167ページ))
 この独白は、死へと時が確実に加速していくさまを描いているのではなかろうか。もしそうなら、死を受け止めることにおいてのみ、「出口」は見出せるだろう。斉藤によって不当にも無視されている、次の〈祝祭〉を銘記しておかなくてはならない。
 「だから小さい子/
こわがってはいけません/
おびえてしまってはいけません/
死ぬことは死ぬことにまかせなさい」/(同作品,178ページ)
 全幅の反芻において、この言葉を受け止めるだけの力は、わたしにはない。他方、樹村みのりの強靭な資質は、この救済を必然のものとして受け止めている。というのも「過去」のレアリティによって、作者その人生が有意味に支えられているからだろう。
 おそらく樹村みのりの「過去」とは、大島弓子のそれとは全く異なった意味での「見出された時」である。この「時」は、プルーストが与えた救済の表象、「花咲く乙女たち」と似ている。
 「やがて野ばらにあとをゆずろうとして生垣ぞいに密集するさんざしの匂い、小道の砂をふんで行く反響のない足音、水草にあたる川水に結ぶかと見えてはかなく消え去る泡、−私の感激はそれらのものをもちこたえ、継起する幾歳月を超えさせることに成功した。…そのようにして現在にまで引き寄せられたそんな風景の小片は、ときどきあらゆるものからぽっつりと切りはなされて、私の想念のなかを、まるで花咲くデーロスの島のようにあてもなくただよい、どんな国から、どんな時代から−おそらく単に、どんな夢から−それがやってきたのか私には言えないことがある。だが私は、とりわけメゼグリーズのほうやゲルマントのほうのことを、私の精神の土壌の深い地層、いまなお私がよりどころとする堅固な地盤と考えないではいられない。この二つの道で知った事物や人々だけがいまでも私にとってまじめな存在のように思われ、よろこびの種であるわけは、その二つの道を歩きまわっていたころに、私がそうした事物や人々を信じていたからにほかならない。創造する力としての信仰がいまは私のなかで涸れているためか、それとも現実は記憶のなかでしか形成されないためか、こんにちはじめて目にする花は、私にとって真実の花ではないように思われる」(*4)。
 真木悠介をもじっていうなら、あの子の死の記憶は祐子の原体験における非日常の浮島であり、日常の大地に接岸しているのである。例えばそれに類した想いに、下に掲げるイラストの「今こんなにたしかなわたしも/やっぱりいつかいなくなってしまうのでしょうか?」という、現在時制への懐疑が添えられる。――〈現在〉という瞬間は葬送の知らせと墓前への参列、そして手向けの花といった様々な瞬間の折りなしによって、レアリティの岸辺が形造られる。その接岸点からぽっかりと浮ぶ、夏の日の「舌の先にこおりついてしまった真実」の記憶が、作者の自我の存在証明を与えている。

 その証明のよりどころを真木悠介から引いておこう。「再構成された時、規範として純化された時」は「個体の内部に」レアリティを再建する、そうして見出された時は、「その〈生の意味〉としての〈時〉に他ならない」(真木悠介、1981、224ページ)。
 「見えない秋」において、佐藤君の非在は時を蚕食する。あったものはすでにあらぬ。その一方での、クサバカゲロウ・みどり色したガラス球・耳もとの秘密のささやき・舌のさきでこおりついてしまった真実・熱いひたい・眠れぬ想い。それらの記憶が、「あんなにたしか」で存在の欠如を埋め合わせていく。そうした充ちていくものは、祐子にとって在るもの以上の、レアリティを具えている。
 「見えない」のは非在そのものではなく、生から死への流転の感覚それじたいである。「冬の花火」(=71)における、死を前にした「冬の花火=雪」の可視性との対比において、「見えない秋」の「死」の時空への変化は、不可視である。
 虚に対峙する長谷川祐子の時間意識は「過去」に曳航することで、今を取り返すだけの反発力を具えている。もし〈生の意味〉が根こぎにされたら、過去への曳航は、たどり着く港を見つけ出すことすら、できないだろう。そうした〈港なき物語〉として、朱夏の季節の「マルタとリーザ」(初出」「パサジェルカ」)を読むことも可能である。そこでの死と生〔の意味〕をめぐる問題とは、樹村みのりに、「13歳の時から強制収容所のことしか考えたことがありません」(「かけ足東ヨーロッパ」=79)と言わしめた、アウシュヴィッツ強制収容所のそれにかかわる。わたしたちはこうして、ポーランド・戦争・死といった問題群に立ち向かう、樹村みのりの問題意識に出会う。

(*1)斉藤次郎、1978、「樹村みのり論」『だっくす』清慧社、1978年11月号26ページ。
(*2)同書、26ページ。
(*3)同書、27ページ。
(*4)真木悠介、1981、『時間の比較社会学』岩波書店、218-219ページ。

2018/12/28
「アウシュヴィッツ問題」
 樹村みのりがアウシュヴィツ問題に関連して――ひもといたと思われる――『アンネの日記』の次のような記述に、注意を促しておきたい(*1)。
 「それがすむと、今度はブラジルの地理です。バヒアたばこのこと、コーヒーがたくさん生産されること、リオデジャネイロ、ペルナンブコ、サンプウロに人口がそれぞれ百五十万あること、黒人、白人。黒白混血児のこと、マラリアのこと等々について勉強します。もちろんアマゾン川のことは忘れません。……」
 ひょっとすると、アンネのブラジル憧憬は、「カルナバル」(=70)構想のヒントだったのではないか(なおリオという地名は「こうふくな話」=71にも挿入されている。また1978、『病気の日』主婦の友社、92ページの「おとうと」の作中人物昇平が机の前に「ブラジルへ行こう」と貼り紙をしている)。
 もう1つ。「解放の最初の日」(=70)であるが、これは明らかに『自由の最初の日』を踏んだものと思われる。クルュチコフスキ作のこの戯曲は、捕虜収容所から解放された日、ポーランド将校たちが直面した不条理な運命を通して、戦後における自由への道を探った作品として記憶されている。

(*1)アンネ・フランク、1974、『アンネの日記』文春文庫、302ページ。

2018/12/29
 『皆さま、ガス室にどうぞ』の主人公はポーランド人。強制収容所でナチスに働かされている。ただし、一般のユダヤ人のように、生命の危機に脅かされていないカポーとして、カナダという部署で、ナチスによる金品の収用に加担している。
 もしその主人公が断罪されるとしたら、樹村みのりは「解放の最初の日」での、責めを手本にするだろう。生きるためであることは、免罪符となり得ない。「おとうと」で言及されている『皆さま、ガス室にどうぞ』の感想文を想像してみよう。以下思慮深い人(W)・怜悧なる人(K)の会話。・・・ただしここでは、意図的に怜悧なる人に(乗り越ええない自己愛を託して)肩入れした戯画を描いておこう。
K「生きるためにはカポーとして振る舞うことは許されて当然だ。極限状況においこまれたなら、道徳的制約を課すことは無理である。ただ、わたくしの自己愛に従うことが、唯一の行動規範なのだ。たとえ人道に対する罪を負った存在であることを、認めるに吝かでないとしても」。〔「解放の最初の日」の主人公は、自己愛という一点において、多分にK的である。→ナルキッソスの迷宮参照〕
W「人間の尊厳は犯すべからざる原理であって、その原理を否定するなら、人間性一般に対する尊敬を見失うことになるだろう」。
K「道徳法則なんて俺は信じないね。尊厳をもちだす神経が分からない」。
W「道徳法則を純化し、具体的な人間関係から離れる必要がある。自己愛に対抗するためには、原則を立ち上げなくては。さもなくば、愛にまみれるのがおちじゃないか」。〔樹村みのりの思考空間が自己愛を否定できないことは、例えば「パサジェルカ」のストーリーによって裏書される。〕
K「わたしは、人間の紐帯を忘れていることは十分承知の上だ。道徳法則の痕跡に態度を迫られるが・・・。なにはともあれ、賢しらとの付き合い方が、重要なのだ」。
W「Kよ。道徳意識をどうして無視できるのか。道徳意識は理性的存在である限り、否定しがたいはずだ」。
K「もちろん心理的事実として、良心の呼びかけは知っている。だがそれ以前の段階で俺は雲や木にも呼びかけているね。世界の中でこんなにも自由であることを承認するために」。〔Kの世界参照。〕
W「Kは心理的事実を認めている以上、その実、道徳をわかっているのではないか。ただ人間としての真の有りようなどは、Kの関心の外にあるようだ」。
K「わははは、わたくしが道徳法則に無頓着なことは承知の上だ」。
W「ユダヤの囚人が何を見咎めたか、無視するKの人格は信じられない。そんな態度は、人間存在の複数性(アーレント)に対する侵犯なのではないか」。
K「そうなのだ。複数性など問題ではないのだ。完結した私の内部で、糾弾が行われるのだ。自己愛が私の一部であるとするなら、その糾弾は一種の軋みとも言えよう。これに尽きる」。
 「樹村みのりにおける救いの道が、「救いを求める者が問いから出発し、初発的な地点を確認する」という反復運動」(*1)であるのなら、――その運動において、――自己と別れを告げつつ、深い自我の澱の中でおのれと再会する。半身どうしの「ズレ」こそ道徳に水路を穿つ、原初的なかたちのだ。(この箇所は、樹村みのりの「脆さ」を予期して書かれた。もしくは「その人」の意図への裏切りがある)

(*1)森一郎、2008、『死と誕生』東京大学出版会、289ページ。アーレントの反復について次のように言われていることを参照。「…そこにすべてが凝集してくる始まりの瞬間…とは、信仰の生を生きることそのことであり、とりわけ、そこへと踏み出すくぐり抜けの経験としての「回心」である。この始まりの経験は、歴代の信仰者に受け継がれるという仕方で、あるいは同一人において、繰り返し反復される」。

2018/12/31
 『皆さま、ガス室にどうぞ』より、印象的な場面の引用(*1)。
 「この子らを引き取ってくれ、お願いだ」ぼくはこらえきれずに言う。女たちがすくみあがってぼくのそばから逃げ出し、腕で顔をおおってしまうからだ。
 奇妙なことに、むだだと言うのに、神の名が口をついて出る(「お願いだ」のもとの成句は直訳すれば「神の御慈悲を」となることから)。どのみち、女たちは子供と一緒に自動車に送られるのだ。全員がだ。例外はない。それがどういうことかはみんながよく知っており、それでぼくらは憎悪と恐怖を浮かべて、互いの顔を見つめ合っているのだ。
「どうした。引き取りたくないのか」びっくりした、とがめだてするような口調で、あばた面の親衛隊員(エスマン)が言い、拳銃を外しにかかった。
「撃つことはないわ。私が連れてくわ」
 白髪の、長身の婦人がぼくから赤ん坊を受け取り、しばらくまっすぐぼくの目を見つめていた。
「いい子、いい子ね」彼女は笑いかけながらささやいた。砂利につまずきながら立ち去った。
 ぼくは車輌の壁にもたれかかった。ひどく疲れていた。誰かがぼくの手をつかんでひっぱった。
「来いよ。何か飲ませてやろう。今にも吐きそうなようすをしているじゃないか。進め(アンナヴァン)、レールの下へ。来いよ」
 ぼくは目で捜す。その顔は目の前で飛び跳ね、かすみ、巨大な透き通ったそれが、じっと動かない、なぜか黒い色をした樹々やあふれ出す大群衆とごちゃまぜになる……。ぼくは強くまばたきをする。アンリだった。
「ねえ、アンリ、ぼくらは善人なのだろうか」
「なぜそんな馬鹿なことを聞くんだ」
「それがね、君。ぼくの胸に、あの連中に対するまるでわけのわからない怒りがわいてくるんだ。連中のせいでぼくはここに入っていなけれならないんだって。連中がガス室に送られるからといって、ぼくは全然同情しない。ひとり残らず地獄に落ちればいいんだ。拳固を振り上げて連中になぐりかかりたいぐらいだ。やっぱりこれは異常なことだろう。ぼくには理解できない」
「やれやれ。正反対だよ。それが正常で、予定され、計算されたことなんだ。摘み卸しホームが君を苦しめ、君は抗っている。ところが、怒りをぶちまけることが望ましいわけだ。良識的に言えばだがね。おわかり(コンプリ)?」とフランス人はレールの下でくつろいだ格好をしながら、いくらか皮肉っぽく言う。・・・(後略)

(*1)「皆さま、ガス室へどうぞ」、1990、小原雅俊・訳『ポーランド文学の贈りもの』恒文社。254-255ページ。

2019/1/2
 収容所体験を論じた文献のうち、基本的なものを掲げる。当然幾つかは、樹村みのりの目に触れたものと思われる。
 エリ・ヴィーゼル三部作、中でも村上光彦訳『夜』みすず書房。 ヴィクトール・E・フランクル、霜山徳爾訳、1961、『夜と霧』、1957、『死と愛』いずれもみすず書房。『夜が明けるまで』、ゾフィア・ポスムイシ、佐藤清郎訳、1966、『パサジェルカ』恒文社、セヴェルィナ・シュマグレフスカ、1945、『ビルケナウの上の煙』、レオン・クルチュコフスキ、1949、『ドイツ人たち』。
 小川洋子、1995、『アンネ・フランクの記憶』角川書店。小川書巻末リストより→アンネ・フランク、深町眞理子訳、1995、『アンネの日記・完全版』文藝春秋、オランダ国立戦時資料研究所編、深町眞理子訳、1994、『アンネの日記・研究版』文藝春秋
 『夜と霧』に記された人間の尊厳についての若干の引用。
 「創造的及び「享受的生活は囚人にはとっくに閉ざされている。しかし創造的及び享受的生活ばかりが意味をもっているわけではなく、生命そのものが一つの意味をもっているなら、苦悩もまた一つの意味をもっているに違いない」(*1)。苦悩は、例えば以下のように語り出される。
 「「この樹とよくお話しますの」」と(囚人の)彼女は言った。私は一寸まごついて彼女の言葉の意味が判らなかった。彼女は譫妄状態で幻覚を起こしているのだろうか? 不思議に思って私は彼女に訊いた。「樹はあなたに何か返事をしましたか?――しましたって!――では何て樹は言ったのですか?」彼女は答えた。「あの樹はこう申しましたの。私はここにいる――私は――ここに――いる。私はいるのだ。永遠のいのちだ……」」(*2)。
 いのちの肯定がなされるためには、否定の死と、対さなければならない。例えば「マルタとリーザ」(=82初出題名「パサジェルカ」=79〜80)の次のような科白が思い出される。
 「生きることに/執着すると/人間は/奴隷になります/看守殿」(*3)
 この言葉の原形は『夜と霧』の内容と寄り添う。
 「存在形式の終りを見究めることのできない人間は、また目的に向かって生きることもできないのである」(*4)。
 生に固執する者は永遠に奴隷の地位に甘んじなければならない。尊厳に逆立する生き方において「…人々は、著しく困難な外的状況こそ人間に内面的に自らを超えて成長する機会を与えるものだということを忘れているのである」(*5)。パサジェルカで語り出される――奴隷という存在の意味は、受身において課せられることに、ふと気づかざるを得ない。「すなわちわれわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われた者として体験されるのである」(*6)。

(*1)ヴィクトール・E・フランクル、1961、霜山徳爾訳『夜と霧』みすず書房、168ページ。
(*2)同書、171ページ。
(*3)樹村みのり、1982、『あざみの花』潮出版、222ページ。
(*4)『夜と霧』、173ページ。
(*5)同書、175ページ。
(*6)同書、183ページ。

2019/1/3
二、青春 喪失の感触
「冬から春へ-インターミッション」
 玄冬の最初に属する「雨の中のさけび」(=65)(*1)から「トミィ」(=68)に連なる社会派的作劇は、例えばアウシュヴィッツ体験や戦災孤児という負にふちどられていた。この社会派的作劇と、青春の特質が具わった作品とを繋ぐ、ウィリアム・フォークナーという媒介項に触れたい。
 彼の影響は、黒人差別(:アーレントの問題意識に対する問題意識に認められる。アメリカ南部出身の小説家フォークナーについては、その言及が「おとうと」(=69)に見られるのみならず、■樹村みのりの敬愛するアーレントを好んで引用してある。
 また彼の作品には、(樹村の)「ヒューバートおじさんのやさしい愛情」(=74)を連想させる食人を描いたものもある(「紅葉」)。
 それらはさておいて、ここで青春の作品群との関連で、フォークナーの幼児期の感情描写に注目しておきたい。

(*1)「雨の中のさけび」は「りぼんカラーシリーズ28」■によれば、「ポーランドにひろった話」と記載がある。

2019/1/3
 マックスウェル・ガイスマー、『危機の作家たち』(*1)によれば、以下の記述がある。
 「・・・彼(白痴のベンジー)は理解できないというよりただ口がきけないのである。そして幼年時代の不明瞭な激しい感情に満ちている。彼の人生に充満しているおさえようのない情緒は、われわれの論理性や道徳性もなく、原始的で根深い。ベンジーが典型的に表わしている幼児の情緒は、われわれの知っている通り、一般の人間にとって最もながく続き、しかも根深いものである。もしわれわれが幸運ならば、それは底のほうに隠されたままでいるが、それでもやはりわれわれの「成熟した」行動のほんとうの基盤となる。われわれは成熟した精神を欲望の様式に適合させ続けるのだが、ふつうその適合は心の奥底で誰にも知られずにおこなわれている。ところがベンジーはそれをあからさまにするのだ。『響きと怒り』は、フォークナーがこういう幼時の感情に賦与するやさしさのために、われわれにとってなまなましい実感をもち続ける。われわれの幼時の泣きじゃくりと歓喜、子供部屋でわれわれを夢中にさせたさまざまなものの暖かな思い出、そして、幼年時代の深い衝動と緊張の底流となっている強い響き、いわば母胎の縁からおこり、しかも或る意味で子供の世界を成人の比較的に表面的な行動よりも深くそして情熱的にするもの――この小説においては、このようなさまざまな感情がわれわれの胸に触れ心を動かし、過去の淵からわれわれの忘れられた思い出を呼びおこし引き出してくる。ここに『響きと怒り』の功績がある」。
 樹村みのりにとっての、幼児期という冬の季節からわたしたちは、青春という喪失の季節に、目を移そうとしている。青春の喪失の前駆形態として、幼小期の確かな記憶が握りしめられている。
 そうした記憶として、イラスト詩「季節の刻み」(=74、樹村みのり25歳、青春の季節)(*2)の中の一篇「大きくなるのはすてきだけれど」を引いておきたい。
 「子供っぽいって言われたら/
ぷんとふくれていた以前のわたし
もう大人ねって言われたら/
めちゃめちゃに暴れたくなる現在のわたし/
 大きくなるのはすてきだけれど/
 大きくなるのはなんだかいや/
先生の批判なんかポンポン言ってたのに/
背広の肩のところが陽に焼けて色あせているのを見たら/
なんだか馬鹿みたいに/
自分がワルモノに思えてきてしまう/
 大きくなるのはすてきだけれど/
 大きくなるのはなんだか哀しい/
誰よりも大きな声でしゃべり/
誰よりも大きな声で笑う/
いろんな楽しい事をすぐ考えつく/
お弁当を食べるのだって一番早い/
あなたみたいに幸せな人いないわって/
誰にでもいわれるのに/
わたしはいつでも誰かになりたがっている/
 大きくなるなるのはすてきだけれど/
 大きくなるのはなんだか奇妙/
一人の人を生涯愛したい/
本当のともだちがほしい/
遠くへ行きたい/
誰かの役に立つような事に力をつくしたい/
もちろん誰にも絶対こんな事言いはしない/
誰かが同じような事を言い出すといつも逃げ出してしまう
 大きくなるなるのはすてきだけれど/
 大きくなるのはなんだかてれる/
答案用紙が配られると/
いつも白紙で出す自分を想像してしまう/
静かな大きな式では/
空想のわたしは大声で飛び出して扉の外へ/
泣き顔は誰にも見せない/
今尊敬している人を/
これからもずっと尊敬していきたいと思っている/
有名な人よりも無名な人が好き/
やさしい人が好き/
明るい色が好き/
生きることがとても好き/
 大きくなるなるのはすてきだけれど/
 15歳のわたし/
 どんな大人になるのだろう」/
 この内容は「わたしたちの始まり」(=75)で反復される。冒頭詩を念のために掲げておこう。
「十五歳のわたし/
子供っぽいっていわれたら ふきげんだった以前のわたし/
もうおとなねっていわれたら ハダシで走りたくなる現在のわたし/
 大きくなるのは すてきだけれど/
 おとなになるなんて つまらない/
先生の批判なんて ポンポンいっていたのに/
肩のところが 日に焼けた背広を着ているのを見たら/
なぜだかバカみたいに 自分がワルモノに思えてしまう/
 大きくなるのは すてきだけれど/
 おとなになるのは 哀しいこと
だれよりも 笑うことが好きで/
だれかを 楽しませることが好き
いろんな楽しいことを すぐ考えて/
おべんとうを食べるのだっていちばん早い/
「あなたみたいに幸福な人jはいないわ」って/
いつも いわれるのに/
わたしは だれにでもあこがれ うらやましく感じてしまう/
 大きくなるのは すてきだけれど/
 おとなになるまで 他人のわたし/
     ああ/
     世界じゅうから不幸な人が/
     いなくなりますように/
     私の知(あたま)と心と身体(おこない)とのあいだに/
     どんなへだたりもなくなりますように/
     生涯かけて愛する人が/
     見つかりますように/
答案用紙がくばられると/
いつも白紙で提出することを 考えてしまう/
今尊敬している人を ずっと尊敬していたいと思っている/
泣き顔は だれにも見せない/
有名な人よりも無名な人が好き/
やさしい人が好き 明るい色が好き 生きることがとても好き/
 大きくなるなるのはすてきだけれど/
 十五歳のわたし/
 どんなおとなになるのだろう」/
 「季節の刻み」の「一人の人を生涯愛したい/本当のともだちがほしい/遠くへ行きたい/誰かの役に立つような事に力をつくしたい」が観念的なのに対して、「わたしたちの始まり」ではより具体的な希いに言い換えられる。それとともに「もちろん誰にも絶対こんな事言いはしない/誰かが同じような事を言い出すといつも逃げ出してしまう」に見られる自意識への戸惑いが、「わたしたちの始まり」では消える。
 樹村みのりが「幼時の感情」に負荷する「やさしさ」は、「われわれにとってなまなましい実感をもち続け」て迫ってくる。それを彼女のフォークナー的資質と呼べる。

(*1)マックスウェル・ガイスマー、1975、須山静夫訳『危機の作家たち』南雲堂、36ページ
(*2) 「季節の刻み」の「追いかけて」に登場する(荒川土手から見ているものと比定される)左の風景は、「贈り物」の一節にも借用されている(ちなみに川口市は「まもる君が死んだ」93ページ欄外にKawaguchi-shi ni yoku aru hûkeiにおいて言及されている・画面中央の教会や煙突の位置から推定した)。笹生那実さんの証言に拠ると架空の風景だそうだが。・のちにこの推定が誤っていることが判明。

 上記推定した、荒川河岸からの眺めが写真の上・右の通り。イラストに比べて見下ろす角度が小さい。よほど高い場所から、写生したか、それとも想像の産物なのか。笹生さんの証言を信じるべきである気がしてきた。ちなみに川口市のいくつかの教会の写真を下に掲載する。すぐ下が最初、推定した、市役所脇の教会。その下がカトリック川口教会。いずれもイラストに見られる高い塔をもたない。




2019/1/8
「母性との別離」
 すでに言ってきたように、69年の「窓辺の人」を嚆矢とし、71年の「こうふくな話」から、「贈り物」(=74)「翼のない鳥」(=75)における作品群を青春の作品と呼びたい。
 注目したいのは母性の問題である。例えば「窓辺の人」において次のように母との断絶が描かれている(玄冬での、欠落意識以上の、含意を読み取りたい)。
 「窓辺」に一人佇み、主人公少女節子にやさしく勉強を教える、人嫌いな「彼」に、節子の母親は疑念をもつ。それは「学校で浮浪者風の男の人に/3人の女の子が校舎の裏に呼ばれておそろしいことをされるという事件」があった頃だった。
 「彼」が手品を教えてくれたり、レコードをかけたりしてくれる、と言う節子の言葉尻をつかまえて母は言う。「それだけなの/節子」/
「どうなの/あの人おまえに何かへんなことしたりしない?」/
 姉。「よしなさいよおかあさん」
 母。「だってね早苗(節子の姉)ふつうの人が子供相手に/一日中部屋にいるなんて……」/
 節子は深く傷つく。その記憶に継いで以下の科白は語られる。「わたしがどのような理由で泣いているのかではなく/
誰にも何にも言えず泣くことを/
わたしもまた知らねばならなくなった……/
彼はわかってくれたのでした……」/
 母は節子を疎外する。断絶としての母。樹村みのりにおいて「娘」は、エレクトラ・コンプレックスをもった者として立ち現われる。「日本の母と子の粘着性」(*1)に言及したのは江藤淳であったが、彼のいう罪の意識をmutatis mutandisに、「娘」は抱いていなったか。「……実は拒まれた者は決して純潔ではあり得ない。なぜなら拒否される者は同時に見棄てた者でもあるからである。そして自分が母を見棄てたことを確認した者の眼は、拒否された傷口から湧き出て来る黒い血うみのような罪悪感の存在を、決して否認できないからである」(*2)。この罪の通奏低音は、朱夏の「カッコーの娘たち」「ジョーン・Bの夏」「海辺のカイン」においても繰り返される。

(*1)江藤淳、1978、『成熟と喪失』講談社文庫、12ページ。
(*2)同書、31ページ。

2019/1/10
 子はさながら、母の〈子宮〉の中に包まれている(早熟な子供を除いては)。この点で、――大島弓子の、――子供のコスモスを抱える〈子宮〉に注目した。
 左は永井均『〈私〉のメタフィジックス』の人間学的考察から借用した図である。子(紺)は母親(赤)の胎内にまどろんでおり、依他未分の境地にある。もしここで母親という外皮が剥がされたらどうなるだろう。子(紺)は地(肌色)=現実と接触することで、孤独に向き合うのではないか。
 樹村の青春の作品では、〈子〉の喪失に重きが置かれている(「贈り物」=74、「翼のない鳥」=75)。たしかに「菜の花」(=75)におけるように、女教師平沢先生の見守りによって、主人公正美が叱責の罪から救われたことに、母性による護りをみる解釈もあるかもしれない。
 けれども「菜の花」が群像劇であるというストーリーの基本が、そうした二者の関係に限定された「菜の花」解釈では抜け落ちてしまう。世界史の先生も森ちゃんも、菜の花の花弁に託される、群像である。それを俯瞰する卓抜さに作品「菜の花」の真骨頂がある。何より〈俯瞰〉というテーマは、「(すべての背景関係を平沢)先生は知っていたにちがいない」というラストに集約されているではないか。連作「菜の花畑」シリーズは、このテーマにおいて共通している。

2019/1/16
 子にとって、圧しつけがましい母性。樹村みのりにおける母性。
 江藤淳の論考から、エリクソンに見られるような、そうした〈子の原風景〉を引いておこう(*1)。
 「ゆっくり行け、母なし仔牛よ/
せわしなく歩きまわるなよ/
うろうろするのはやめてくれ/
草なら足元にどっさりある/
だからゆっくりやってくれ/
それにお前の旅路は/
永遠に続くわけではないぞ/
ゆっくり行け、母なし仔牛よ/
ゆっくり行け」
 子は母親から拒まれ、フロンティアで生活を送るよう、旅へと駆り出される。旅は青春の特権的な体験である。それは作品「贈り物」・「翼のない鳥」においても、青春の記憶が彷徨をベースにしていることと対応している。

(*1)江藤淳、1978、『成熟と喪失』講談社文庫、10-11ページ。

2019/1/22
 「翼のない鳥」・断章。
 「地平線」の彼方に表象される非日常/超越への志向。それは、「風」に身を任せる「鳥」の渡りが暗示している。いずれも、飛翔する「風」は、自我の独白を、宛先のない他者に向けて、発信する〈郵便〉である。例えば「翼のない鳥」において、「風」の中でみずからを他者に告げるように、その〈郵便〉はアイデンティティの消息を告げるのだ。
 「抱きとめる/抱きとめる/
ぼくは/自分を/抱きとめる/
だまって/みんなの/中にいても/
糸の切れた/風船みたいに/
スイっと空へ/あがっていって/しまいそうな/
楽しさで/いっぱいの−ぼくは/自分を/抱きとめる」/
 〔その昔、対象から微小粒子が剥離し、感官に受容されることによって、知覚が成立すると説いたのは、ストア学派の認識学説であった。仮にもし、その反対に自我の構成要素が剥離して、他者に〈わたくし〉の声が告知されるとしたら・・・。青春の季節のエッセイ「季節の刻み」中の一編「4月の街の風は春風」は、その秘密の一端に触れている。
 「4月の街の風は春風/
恋の始まり/
わたしは軽い服を着て/
外へ飛び出します/
〔中略〕
わたしはとても単純で/
(いろいろ人は/
いろんなふうにいいますが)/
表面に出ているだけの人間/
時には嘘もつきますが/
じょうずにはできません
心を押し隠そうとしても/
それがそのまま出てしまいます」/
 風に託された想いは、誰へともなく差し出されるという意味において、〈郵便的〉である。〕




2019/1/25
 喪失の規跡は、――神学者ハルナックになぞらえれば、――「翼のない鳥」PartU末尾の振子運動に重なる。予示すれば、「樹村みのりにおける救いの道とは、「救いを求める者が問いから出発し、初発的な地点を確認する」という(振子的な)反復運動」であることに、重ね合わせられる。
 樹村みのりにおけるジョーイは、ロバータから別れる必然性をもっていた。〔以下にマグダラのマリア像を掲げる。ロバータとの風貌の類似が認められるはずである。〕
 「翼のない鳥」PartW(サンコミックス版ではPartWは二つあるが、前の方)より
J(ジョーイ):「ずっと/ずっと/ずっと
/ずっと/ぼくは/
空を/飛ぶことを/夢見て/いました/」
R(ロバータ):「さあ/もうしゃべらないの」/
J:「ううん/聞いて」/
J:「ぼくの知っていた/ただひとつの想いを/たよりに/
ぼくは/それを/得たいと/思いました/」
「けれど/同時にぼくは」/
「ぼくの心のなか/を深く/のぞきこみ/
それに/ふさわしくない/自分をも/見出しました」/
R:「わたしを/殺してしまう/かもしれないと/いったこと?」/
J:「ぼくは/憎むことも/殺すことも/……/ほかのどんな/悪いことだって/できるんです」/
R:「モラリストさん/
あなたが/なぜあなたの/生まれたあとに/身についた規則に/したがわねば/なりませんか?」/
J:「どんなふうにして/
どんなふうに/してそれを/学んだの/ですか?/ロバータ」/
R:「わたしの/手に/ふれた/ものから/
土から/
花から/
草から/
……/
……/
J:「不思議だな/あなたの声が/遠くに/聞こえます/
ああ/ぼくは/ねむり/そうだ」/
「ぼくに/キスして/ロバータ」/
J:「このまま/時が/とまって/しまえば/いいのに…/
ぼくは/あなたと/……/ずっと/ここで/暮らしたい/……」/
「夢の中で/やさしい風が/ジョーイを/高く高く/はこんで/いきました」/
 そのすぐ後、ロバータは倒れる。実はロバータは不治の病に冒されており、わずかな残された時間を自由に生きるために隠棲していたのだった。ロバータが亡くなると、ジョーイは悲嘆にくれる。
「意味はない/意味はない/
ひとりぼっちで/いるのなら/
ここにいても/意味はない」/
「飛ぶことと/ひきかえに/ひとりぼっちに/なるのなら/
ひとりぼっちに/なるのなら/……/飛べない/ほうがいい」/
 異性との交感は、いっこの人間として生きていることの証でもある。そうした成熟の過程における生は、個として独立した軌跡を描く。ヘーゲルの弁証法が教えるように、異性への愛は自我の逆立も意味するだろう。その結果、人が翼をもつこととは、孤独な行程を指し示す。「自由の刑に処せられた」翼(*1)を持つ人は、孤独を味合わなければならない。
 もしてや自然人は、「人を殺さないというモラル」を肯定しない(かもしれない?)のだから、他者にとって疎遠となる。それゆえにこそ、相互性をかたどるである母なるもの(ロバータ=マリア)から離れていく。
 「翼のない鳥」の超越への志向。それらは「光」と「風」が暗示する自我の〈翼〉を媒体として、印象付けられる。
 〔「海へむかう流れ」という連帯の希求については、朱夏の季節で言及する。〕


(*1)渡り鳥が空気抵抗の中で雁行することは、「運命に繋ぎとめられた自由の表象」である。

2019/1/27
「光と風の図像学」
 ここで光-鳥-〈翼〉という超越の象徴を連結する、電話/電線/手紙といった結び目に注目しよう。
   例えば「窓辺の人」や「こうふくな話」には、意味ありげな「電柱」が挿入されている(下掲)。それは(左に掲げる)ピカソの人型図形とどこか似ていないだろうか。屹立する自我という「柱」とそれらを結ぶ「か細い電線」の組合せ。「電柱」とは自我の象徴なのである。それは孤独のようでもあり、他〔者〕と通じ合っているかのようでもある。
 ところで・・・喪失は、例えば「こうふくな話」の中で次のような「感覚」として、言及されている。
 作中、引越して来た女の子の立ち居振る舞いをぼんやりと、作者とおぼしき作者は見とれていた。
 「女の子は/くりかえし/
くりかえし/くりかえし/
かけていっては/もどり/もどってきては/かけていく/のでした/
たちどころに/わたしは/
こうしたことの/すべてを/起きたことの/すべてを/理解して/
そしてとつぜん/もうとても/見ていることが/できなくなって/しまいました
……/わたしは/……/
それを/知っていました/……/
あんなふうに/笑うこと/あんなふうに/よろこぶこと/……/
それは/わたしも/いぜんに/持っていた/ものでした/……
いぜん持っていて/……/そしてその時は/ちっとも/それに気づかずに/
毎日毎日/新しいよろこびに/胸ふるわせて/
引力にもにた/この世界の法則から/逃がれて/時の呼吸の中を/自由にかけめぐって/いたころ……」/
そして/自分の自由さに気づく時には/もう失っているもの/……/
わたしは/それを 失いました/
時間をかけて/少しずつだったか/それとも/ボンヤリと忘れ物でも/するみたいにどこかへ/置いてきてしまったのか/……/
そんなことはもう/おもいだすことも/できないのだけれど/たしかに/それを失ったのです/
あの子もまた/いつか/それを 失うのでしょう」/
 作中で語り手はそれを失った。それを失うことを通じて、自分の「自由」さに気づく。それを失った時に、その不在によって消息の明らかになる〈とくしゅ〉な感覚としての「自由」。無垢のままで遊ぶ感覚/無垢であるがゆえに、気づかないそれの否定。この〈無邪気な〉自覚せぬままのそれを喪失すると共に、「自由」の感覚が受肉する。なぜなら「自由」とは、他者という拘束の引力圏で、自らを見つけ出すことだからである。  自分が自分であることを、非我から眺める「遠近法」。それをとおして他者に、はっと気づく。

2019/1/28
 ここに「翼のない鳥」において獲得された「自由」を解読する手掛かりが見出せよう。すなわちそのラストで与えられた翼の二義性を理解できる。
 重畳を厭わず、引用しておこう。
 古い友人に主人公ジョーイは尋ねてみる。
「きみは/ぼくより/ずっと幸福/そうだ」/
「空を/飛べたの?」/
「願いは/かなったの?」/
 友人は答えて言う。
「そういうことは/もう」/
「考えなく/なったよ」と。/
 友人がこうした忘却を成長と形容したとき、ジョーイは「違う!!/きみは/自分を/あざむくすべを/身につけたに/すぎない!!」と指弾する。そのときの「心のなか/いっぱいの/そのにがにが/しさは」/
「ジョーイ自身に/むけられた/ものでした」
 友人ウィルの「今のきみではたとえどんな翼がついても重くて飛びあがることさえできない」ということばは二重の意味で真実だった。
「長い荒れた/生活で/心も/からだも/もはや/飛ぶ望みを/捨ててしまった/のに」/
「望みはまだ/ジョーイを/捨てて/いませんでした」/
「おまえが/まだ…/
わたしを/捨てないのなら/
わたしは/おまえに/わたしを/あけ渡して/やろう」/
「その時/ジョーイの/からだから/ゆっくり/ゆっくり/不思議な/解放感が/めばえてきました」/
「それは/ほんとうに/ゆっくりと/ジョーイの内から/現われてきました」/
「同時に/ジョーイは/花を想い/草を想い/」/
「鳥や動物や/出あった/あらゆる/人びとを/想いました」/
「それらは/ジョーイのなかで/解放感と/ともに芽吹き/のび/無言のまま/あふれ出/ジョーイをこえて/広がって行きました」/
「抱きしめる/自分の/生命は/花でも草でも/ありえたもの/
どこか知らない土地の/ほかのだれかでも/ありえたもの/
なのに生命は/偶然/「わたし」という/器にそそがれた/
時を選べず/地につなぎ/とめられた/「わたし」を/
偶然の/あずかりものの/ように/わたしは/生きている」/
「こうして/ジョーイは/自分が/花でも/草でも/ほかの/だれかでも」/
「そして/鳥でも/ありえたことを/理解しました」/


2019/1/28
 問題の消息は、「飛ぶことができない」という事柄の意味の二重性に係る。一方では「喪失の傷を抱え込んだ今のジョーイは、すでにそれを失っている」という飛翔不可能性であり、他方では「鳥にはなりえない」という、端的に確認される事実である。
 前者から言えば、それ(飛翔可能性)を失う以前、「無垢のままの焦燥」じしんは、現実の引力に対する無自覚において、成り立っている。未熟な主体は現実に存在の根拠をもたないから、徒に「何か」を夢想し、飛翔への渇望を抱え込むばかりである(それゆえ、しんの意味において自由ではない)。人は大人になる時、それ(夢見ること)を喪失する。これが喪失の、初発的なかたちである。
 他方、後者の事実は、現実の引力を受け入れて、人となりが成型された後に告げられる。「鳥にはなりえない」ことの確認とは、現実の中で生きることである。再び引用しておけば、
  「抱きしめる/自分の/生命は/花でも草でも/ありえたもの/
どこか知らない土地の/ほかのだれかでも/ありえたもの/
なのに生命は/偶然/「わたし」という/器にそそがれた/
時を選べず/地につなぎ/とめられた/「わたし」を/
偶然の/あずかりものの/ように/わたしは/生きている」。
 この箇所は、他者の存在が、私と同じ重みを持ってしまっていることへの、驚きを表現している。私は他者の立場に、仮に身を置くことで、私であり得たことを、偶然として把握する。その意味で私は私と同じ重みをもって、他者がいること、拘束の引力圏にたじろぐのである。
 「私」が繋ぎとめられている現実は、外に向かって穴を穿たれている。現実に生きようとするなら、他者を承認せざるをえない。人が現実の、リアルな「自由」を獲得するためには、他者の〔いる世界という〕引力圏を必要とするのである・・・・・・・。
 この読みに沿って、「贈り物」が持つ喪失の内容も理解できるかもしれない。
 作中、浮浪者の「おじさん」は子供のわたしたちに贈り物のガラスの破片を残して去っていく。
「小枝で/しめされた/場所を/掘って/みると」/
「紙に/つつまれた/ガラスの/破片が/いくつか/出てきた」/
 それは「おじさん」が言うところの「天国への切符」「救いにいたる切符」である。それは、わずかに「きっぷ」と判読できる文字が刻まれた、ガラスの破片であった。
「手に/とると/
かすかな/木もれびを/反射して/
それは/何ものも/うつすことなく/キラキラと/輝いた/
この時/わたしたちは/最後にもう/一度(強調引用者)あること/を うしない/
ひきかえに/その切符は/
わたしたち/のポケット/の中に/
深く深く/しまい/こまれた」/
 ここでの反復性が先に述べた或る種の二義性と重なることを確かめたい。そのために、主人公の少女が成人女性となってからの回想を挟んでおく。
 「あの人が/残したのは/そうした/切符だった/
もちろん/それは/天国いきの/切符ではない/
あの人から/わたしたちに/手わたされた時/それは/意味をかえて/しまった/
あの人が/残したのは/
夢を/抱いたまま/この世界に/つなぎとめられて/生きねばならない/ことへの切符/だった/
そうして/あとに残った/わたしと彼は/
くりかえし/くりかえし/
わたしたちと/わたしたちの/青春について/
かたることと/なった」/
 失なわれたのは、単純な(einfach)それではない。夢を抱いていた子供が味わう挫折。浮浪者の「おじさん」が実は、ありきたりの人であることが、子供の無垢を幻滅させる。まずその喪失があって、ガラスの切符に反射する喪失感覚が後追いする。〔つまり、世界の中の夢にまつわる私が崩れる。すると世界の殻を穿つように、新たな伸びやかな人格が自ずから生まれる。新たな芽は、骸の温かさ・誰かに対する愛?を記憶している。〕
 ガラスの硬質な反射体の、刻印(きっぷという文字)が告げる喪失は、しかととどめ置かれる。木もれ日は〈自己〉に明るみをもたらし、過去世界の外側?に自我を解き放つ。この二重性を抱え込むのが、「夢を/抱いたまま/この世界に/つなぎとめられて/生きねばならない/」ことなのである。
 こうして〈贈り物の意味〉は、それの喪失を通じ、「自由」=人となりの掟が獲得されるという、「翼のない鳥」の構図と重なる。〔こうした事態そのものにとって「贈り物」作中の遭難が、連合赤軍事件を指示していたかどうかは、重要な問題でない。〕

2019/1/31
 「風-刹那」というシンボルは、「光」の痕跡である。――「かすかな木もれび」が切符に――反射したときに「ヒュウ」と吹いた一陣の風は、自我の伸びゆく彼方への予感とでも言うべきかもしれない。〔もしくは「光」とは、自我の超越の消尽点では?〕
 青春においてそれを喪失し、補填されていく感覚の「市松模様」(斉藤次郎(*1))が、「見えない秋」物語で描かれているのではなかろうか。
 しかしながらそれは、欠けているものを初発的に前提していた…、すなわち「問い」に向かって開かれていた。「問い」のレアリティは例えば、玄冬の季節における「おとうと」の手紙に見出せる。
「人生は「なぜ」という疑問詞の宝庫であり、/
生きるとは、行動と意識の渦中における/
数限りない覚醒の連続です。」/
 死〔欠落=無・不在〕への問いかけも同様に、反芻を迫るものである。「見えない秋」から引用しておこう。
 佐藤少年の死は「不思議な感じ」を伴って疑問の影を、主人公長谷川祐子の心の中に落とす。
「だれかに/きいて/みよう/かしら/
だれかが/答えて/くれるかしら」/
 そこで祐子は母に問う。
「あの…/ね…」/
「死ぬって/どう/なるの?」/
 しかしその問いは行き違いのまま続く。
「たとえば/あの時の/あの子の/涙は?/
足をj飾った/木もれび…/
地面の/ぬくもり…/
空に向かった/あの子の/想いは?」/
「そうしたこともみな/
あの子の死とともに/
なくなって/しまうのでしょうか?」/(見えない秋『病気の日』,1978,167ページ)
 問いが本当の底なしであることを祐子は知っていた。死という底なしの悪夢。もしくは死という事実が呑み込まんとする吸引力。こうした非日常を原体験として受け止めながら、祐子は、なおも日常へと還帰しようとする力を得て、――佐藤少年の代わりにやって来た、――転校生本橋理恵子の存在を肯定する。ここに見られるのは、卓抜した振子運動である。
 それは救いを求める者が問いから出発し、初発的な地点を確認するという反復である。問いをやり過ごす者は、その前に問いが「底なし」であることを知っている。すなわち問いにおける不在感覚、すなわちそれを、現実的意識がなぞる。この意識において、あらたに「引力の中で自ら」が「見つけ出」される。そうした「人となり」を獲得する力動が、反復運動を構成する。その中で
「人間は/たった/一度だけ/
ほんとうに/死んで/しまいます」/
と、「私の限界」に繋ぎとめられてあることが肯定されるのである。プルーストに訪れた救済の「質」に対応させて、この事柄の意味を考えてみたい。

(*1)斉藤次郎、1978、「樹村みのり論」『だっくす』清慧社、1978年11月号25ページ。

2019/1/31
 救いの「質」を幾ばくなりとも明らかにするために、再び斉藤次郎の救済論と対質することにしよう。
 救済に終りのないからこそ、安息を心いっぱいたのしみ、やすらぐ自分をいつくしめ、と樹村みのりはいう、―と斉藤が解釈するとき(*1)念頭に置いているのは、日常性のほころびから垣間見える、原体験の鮮烈さである。たしかに長谷川祐子(「見えない秋」)は、そうした原体験の意味を確認してから、生の意味の肯定へと向かっている。その意味では、斉藤が原体験のレアリティを強調することも、頷ける。だがそれを、死の予感でもなく、安らぎの核心でもない、という具合に捉えられるだろうか。原体験の中に、死の切迫した予感があるからこそ、おのずと訪れたのが、安らぎというかたちの、救いではなかったのか。斉藤の議論は、これらの救いの契機をばらばらに分解し、ことさら体験のレアリティを強調する。だから、「見えない秋」での救済は、森永郁子の永久革命論よろしく、終りの前に放り出されてしまう。
 だが「見えない秋」で到達された救済は、そんな生半可なものではなかったはずである。死の予感/記憶(原体験)のレアリティ/安らぎ、という未来/過去/現在の三位一体が、救済をしかと支えていると言うべきだろう。この時間構造の根底には、先に見た未来を迎えうける過去の岸辺がある(プルーストの花の茎)。この季節を特徴付ける時間意識について、再び真木悠介の所論に言及しておこう。

(*1)斉藤次郎、1978、「樹村みのり論」『だっくす』清慧社、1978年11月号、32ページ。

2019/2/1
 「…カルヴァンの〈われ信ず〉のうちに凝縮されているプロテスタンティズムの信仰は、ひとつの共同幻想の解体しつつある局面のなかで、析出しつつある近代的自我の自立する自己幻想として獲得されようとする信仰であった。それはカトリシズムのように、実存する共同態の支えを必要とすることなしに、孤立した自我がその主体的信仰によって現在化せしめる神であり、すでにひとつの語られない喪失のあとに〈見出された神〉であった。〈私が依然として残る〉というカルヴァンの確信−救済の孤独。
 逆にいえばプルーストのうちたてたのは、自我のレアリティを支える〈時〉への信仰におけるプロテスタンティズム、すなわち個我の内部における主体性としての「信仰」の再建なのだ。カルヴァンの〈われ信ず〉がそうであるように、プルーストの〈回想〉もまた、個我の外部に現在する共同性の支えを必要とすることなしに、−しかも受動的「恩寵」として体験される!−自我とその内なる〈根拠〉との対話による存在のレアリティの再建である。
 ある恩寵、無意志的記憶という花の茎……〔プルースト『書簡集』。強調は真木悠介〕」(*1)。
 「見えない秋」の「おびえてしまってはいけません」という言葉は、内なる自我の〈根拠〉との対話である。そのさいに提出された、プーレのひとつの愚問「それらの思い出は忠実なものであろうか」に対する答は明らかである。
 このプーレの問いに対して、ルソーの答はこう答えた(*2)。「魂を喜ばした愛情を魂に思い出させなければならない」。思い出を祝祭する愛情を享受しなくてはならない。
 ちょうどプルーストの花の茎が、昇天を迎え取るように、天に向かって伸びている如く、「見えない秋」の「運動会の玉入れの籠」は、ぽっかりと空を向いて「咲いている」。「見えない秋」のエピローグにも登場する、「こわれた時計」(=66)「わたしたちの始まり」(=75)のような、疾駆する少女は、生の加速装置を内填した「信仰」の主体である。その主体は、「魂を喜ばした愛情」を愛おしみ、過去のレアリティに突き動かされて、虚空の無=死へと疾駆する。ただし、その疾駆は生の意味を置き去りにするものではなくて、まばゆい安らぎの一歩一歩によって、しかと生の地盤を蹴っている。

(*1)真木悠介、1981、『時間の比較社会学』岩波書店、224-225ページ。
(*2)同書、226ページ。

2019/2/2
 喪失の陰翳がネガであるのならば、青春の輝きがポジとなる。青春はその意味でま明るい。例えば、「菜の花畑シリーズ」の明るみがある。
 反転を反転として立ち上げる装置は、「サイド=側」である。「菜の花畑」シリーズは「菜の花」で始まり「菜の花畑のこちら側1〜3」と続いた後、「菜の花畑のむこうとこちら」「菜の花畑は夜もすがら」「菜の花畑は満員御礼」と完結する。
 「菜の花」のト書きは群像劇に顕われた―「側」が畳み込まれた―重層性を象徴している。
「菜の花は/たった1本を/じっと見つめても/
草色から黄への/色ぐあいの/微妙さに/驚かされ/
これでは/人間は/とても/かなわないと/思ってしまいます」/

2019/2/24
 青春の季節の煌めきに刮目せよ(「菜の花」ラストの詩より)。
 「ふちまでいっぱい/想いをたたえた/うつわを/
あなたのところまで/そのまま運ぶには/
さあ/どうしたら/いいので/しょうか?/
もえぎ色した/春のうつわは/それほど/大きくはなく/
胸に抱きしめて/わたしは/ゆっくり歩いてゆく/ことにします/
風に吹かれた/菜の花の花びらが/もしかすると/ほんの2,3枚/そしらぬ顔して/なかにはいりこむかも/しれません」/
 神の器とは、ヴェーバーが価値合理的な精神を指示して、『プロティスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の中で取った表現だが、各人の精神のたたずまいは、想いの器を指さしている。つまり菜の花とは、ミクロコスモスの重奏曲の換喩である。

2019/8/17
 「菜の花畑」論として、当初、ポリフォニーの調和を考えていたが、「菜の花畑のこちら側3」の幻聴挿話に、はたと立ち止まってしまった。多声の檻で詳しく触れる予定である。唐突ながら予示しておけば、pathologicalなものか判別つきかねる幻聴のエピソードが隠れている。ここでの幻聴は虚の虚、つまり幽霊が語る、恋人たきちゃんの聴こえない耳に紡がれる声(幽霊が語るという構造と、難聴のたきちゃんに聞こえるはずがなくも投げられた言葉という二重構造)から、幻がにわかに、ひとつの異物として劇中に闖入する。そこには、登場人物像のむらがりを、見下ろす語り手がいる。彼女は超越した視点から「声」をメタ倫理として位置付け、現実へと接続してしまう。この虚の言葉をたんに、生理学的なものとも理解できるが、菜の花畑のこちらから逆立する、もう一つの客観性、あえて言うならば、たきちゃんを中心とする世界が立ち上がらざるをえなかった事情に思いを至らしめる。この遠い世界-近い世界という問題圏は、まさに菜の花畑シリーズの根幹をなす。

2007/3/5
三、朱夏 デミアン的想い
「夏に向かって-インターミッション」
 取り上げたいのは「夏の歌」(=77)でもなく、夏の記憶を記した「星に住む人びと」(=76,2007描き直し、ただし2007の再出目次表記では「星に住む人々」)として登場するポール・ニザンの一節である。
 『アデン・アラビア』の書き出しを樹村みのりは作中人物岡崎郁子に唐突に語らしめている。
「二十歳を/美しい年齢/だなどと/だれにも/言わせまい/……/というの」。
 ニザンの原文から書き出しの三段落の正確な引用をしておこう。
 「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。
 一歩足を踏みはずせば、いっさいが若者をだめにしてしまうのだ。恋愛も思想も家族を失うことも、大人たちの仲間に入ることも。世の中でおのれがどんな役割を果たしているかを知るのは辛いことだ。
 ぼくらの世界は何に似ていただろうか。この世界はギリシャ人が、雲のかたちにでき上がりつつあった宇宙の起源にあったとする混沌に似ていた。わずかにちがっていたのは、この混沌がおわりの、真のおわりの始まりであって、このおわりから何かがまた始まろうとする端緒ではないと思われたことだ。世界がなお保っている力のありったけを汲みつくそうとするさまざまの変容を前にして、ごく少数の目撃者だけがこの神秘を解く鍵を見出そうと努力していた。しかしただ分ったもは、この混乱のためにいずれ現存するもののすべてが天寿をまっとうして死ぬだろうということだけだった。いっさいは、もろもろの病いをしめくくるものあの無秩序に似ていたのだ。つまり、肉体のすべてを結局は目に見えないものにしてしまう死が現わすに先立って、いままでひとつのものだった肉がばらばらになり、数を増した肉体の各部分がそれぞれ自分勝手な方向に伸びだすのである。その結果ゆき着く先はかならず腐敗であり、もはやそこには復活ということはない」(*1)。
 あたかも「窓辺の人」「贈り物」の疎外者が死を前にして彷徨っているように、朱夏の登場人物は、風貌は年齢不詳である。もしくはジェンダー・フリーである。
 後者に関係しては「「わたしたちの始まり」(=75)における、交感しあう異性の異質的同一」に冒頭で言及したが、それを表わした言葉「ア/イセイノ/ワタシガ/イル」が、この季節のジェンダー・フリーを象徴している。
 例えばこうした事柄は年齢不詳で中性的なデミアンの風貌に似ている。『デミアン』の主人公シンクレアはデミアンに「少年の顔ではなく、成人の顔を持っているのを見たばかりではなかった。それ以上のことを見た。それもたんに成人の顔というだけでなく、何かもっと別のものだということを、見たような、または感じたような気がしたのである。なんだかそこには、女の顔めいたものもあるように思った。そしてとくにこの顔は、一瞬のあいだ、男性的でも子供らしくもなく、ふけてもいず、若くもなく、何か千年もたっているような、何か時間を超越しているような、われわれの生きているのとは違った時代の極印がついているようなふうに見えた」(*2)。はじまりはこの、年齢不詳者が帰属する時制についての原始雲中にある。
 
 例えばそうした原始雲に彷徨う人は、シンクレアが第一次大戦の最中にいたように、戦争の狂気にざらつく。上に掲げた「海へ…」(=70)to sea.pdf へのリンク・「海へ」のイラストの一部の模写です。のカット割はニザン/ヘッセ的な空間を象徴していると言ってみてはどうだろうか。
 「戦争はぼくらに生きることを許したのである。強制されることといえば、死者と軍旗の前では脱帽しなければならないことだった。空襲の夜な夜な、爆撃で空はまっ赤に燃え、サイレンが鳴り、穴倉では犬が吠え、火事が起こっているとき、子供たちは面白がっていた……」(*3)。
 それと、最も遠い位置にあるのはニザンが描く『アントワーヌ・ブロワイエ』のような生ではなかろうか。ポール・ニザン著作集3晶文社(第三回配本月報)に寄せた柴田翔の証言(1968)を引いておこう。
 「下級階級の息子として成長してゆく第一部、ブルジョアへの決定的な一歩を踏み出し、次第に階段を昇ってゆく第二部よりも、失脚後、過去の自分の人生のなかに何一つ頼るべきものを見出せず空虚な死に近づいてゆく第三部の方が、圧倒的な力をもっているのは、これが根本で出世の物語ではなく、崩壊の覚書だからだろう」。
 引用は前後するが、ニザンの指弾の普遍性は以下の点にある。
 「『アンワーヌ・ブロワイエ』の描く事実、ある社会において、人間がどんな才能と勤勉さをもってしても、まさにその才能と勤勉さ故に生きるに値しない人生しか手に入れることができないということ、は、それを読む私たちのなかで、今の日本の社会に対する同じような疑いと、(微妙に食い違いながら、しかし)二重に重なる」。

(*1)ポール・ニザン、1966、篠田浩一郎訳『アデン・アラビア ポール・ニザン著作集1』晶文社、8-9ページ。
(*2)ヘルマン・ヘッセ、1959、実吉捷郎訳『デミアン』70-71ページ。
(*3)ポール・ニザン、前掲書、25ページ。島田菜穂子(編集発行人)、2002、同人誌『みのりすと』、104ページでは、「海へ」が「五つの風船の『おとぎ話を聞きたいの』という曲にインスパイア」されたのではないか、と示唆されている。澤田教一のヴェトナム戦争写真の影響を映しているかどうかは、検討の余地を残す。

2007/4/17
「政治の季節」
 歴史の場における罪の抹消不能なこと・政治における客観的意味に関連して、アーレントの言っていることに耳を傾けよう。それは「光へむかう風・海へむかう流れ」の連作とテーマと密接に関連している。
 「忘却の穴などというものは存在しない。人間のすることはすべてそれほど完璧ではないのだ。何のことはない。世界には人間が多すぎるから、完全な忘却などというものはありえないのである。必ずだれかひとりが生き残っていて見てきたことを語るだろう」(*1)。
 こうした政治的行為の倫理的意味を認識する主体について確認しておきたい。まず認識主体の人称は@一人称の私ではなく、第三人称であること。次に主体の公共性。すなわちA私的な第三者というよりは公の場に開かれた場に存在する第三者であること。最後に確認すべきは認識主体と時制について言えばB行為がもはや過去になってしまったときの、それを物語る歴史家であること。
 もちろん神の視点から、行為の意味が明らかになると、アーレントが言っているわけではない。それはちょうど「犬・けん・ケン」物語の第一話において神が切って捨てられていることと並行関係にある。たとえアーレントが神学者アウグスティヌスの概念を借りているとしても、そこでの「愛」は世界に対する「愛」に変質している。その愛は「乗り越えられた」(超越した)高みからの、「愛」を支えている。
 例えばアーレントは『人間の条件』の中でこう言ってもいる。「…イエスは、第一に神だけが許しの力をもつというのは真実ではなく、第二にこの〔許しの〕力は、神から来るものではないと主張しているのである」(*2)。 ここでも樹村みのりの「菜の花」(=75)における許しは忠実にアーレントの思索の軌跡をなぞっている。「菜の花」において平沢先生は山口正美の行為の意味を見透かす。そうした神ならぬ人間がいるという、いっしゅの信仰は他ならぬアーレントの信仰でもあった。


(*1)Hannah Arendt,1969,Eichmann in Jerusalem, Penguin Books,p.232.
(*2)Hannah Arendt,1958,The Human Condition,The University of Chicago Press,p.239.

2007/5/2
 話をアーレントに戻せば、行為の意味/歴史の罪の抹消不可能性にめぐって次のようにも言っている。「人間が自分の行なっていることを知らず、知ることができなかったにもかかわらず、自分が行なってしまったことを元に戻すことが出来ない」(*1)、と。
 公の場の主体であるが故に、不投票という政治的不作為が多数党の現状追認に繋がるように、当人の自覚とは関係なく意味が確定される、という事態が起こる。このことが示しているのは、関係性を前提とする限り、行為の意味は客観的に決まってくることである。その行為の意味が劣悪ならば、それは断然、弾劾すべきである。
 例えば「わたしたちの始まり」(=75)の中で、「ささくれた」気質を持った佐藤君は「アジアで行われている ある戦争」でキズついた子どもたちを救うために募金を贈ろうとする提案に反対する。それは「ノーという形をとってしまった熱い想いのイエスがかれのなかに」あったからである。微温的な日常の惰性の中にあって、人は大抵、こうした募金提案に賛成することでやりすごす。しかし、根源的な批判者は、その惰性を批判するために逆説的なノーを提示する。
 一見このエピソードと無縁なようであるが、夢の中の運動会は、政治的ゲームの卓抜した隠喩になっている。政治に参加することにためらいがちな少女、阿草は吉岡という先輩に反戦集会に出るように勧められるのだが、その夜こんな夢を見る。
 「熱のなかで 夢を見ていて/夢の中では 中学校の運動会で/わたしはリレーの/最終ランナーだった/
ゴールにつくと/上級生が/ひとりだけいて/わたしを/迎えた/
『あとで/もう一度/走ってね』/
たのまれたので/わたしは/うなずいてしまったが/
見ると遠くの/フィールド内/に生徒たちは/また青い玉や/赤い平均台を/ならべ始め/ていた/
『どうして?/…さん』/
わたしは/上級生の/名まえを/忘れていたが/
なにかしら/抗議をしたい/気持ち/だった/
『あなたが/先でもね/阿草さん』/
上級生は/いつか/吉岡さんに/かわっていた/
『見ていた/だけなんです/もの ここでは/いつも運動会/なのよ』/
『ほら』/
見ると/得点掲示板の/数字は/ものすごい数で/次つぎに加算/されていった」/
 この寓話が暗示するゲームにおいては行為者当人の自覚は問題にならない。意識したかしなかったの如何に関係なく「得点掲示板」に政治的ゲームの得点が書き込まれていく。そこでは傍観者の態度を取り続けることは不可能である。この事柄じしんは意識的自覚を追い越していく。
 例えば「悪い」営業マンとは、お客の面前で欠伸をしてしまうような接客態度をする。かりに自覚なく欠伸をして相手に不快感を与え、そのために契約を破棄されてしまったらどうだろう。だとしてもその営業マンは会社から責任を問われることになろう。幾分事情を異にするものの、政治的ゲームと相通じる所はないだろうか。


(*1)Hannah Arendt,1958,The Human Condition,The University of Chicago Press,p.237.

2007/5/8
 そもそも「正義」というものが利己心中立的で、個体性の差異性に対する関心から独立した概念とするならば、異なる複数の正義論を土台にしながら正義論を導き出す事は、人間を「数学的秩序で還元」または「パターンへ還元」(アーレント)している試みとして批判されるかもしれない。また「人間関係の網の目」のなかで「一人一人が唯一の存在である」(アーレント)とき、アルキメデスの支点という地上世界を斉し並みに扱う思考のように、法則的に他者との関わりについて論じることは個体性を無視しているという批判を被るだろう。
 しかしながら、それでも、社会的な「正義」(それが個人にとっての挿話に留まるにせよ)は「善き生についての自己の解釈を生きることにより自己の生を意味あらしめようと努める各人の自由が、他者の同様な自由を侵害することなく実現され得るための条件を構成する」 (*1)からこそ探求されなくてはならず、「社会の基本構造を評価するための“アルキメデスの点”が必要となる」(*2)。言わば正義論の統合のためには「アルキメデスの点」の思考が必要である。
 としてみれば、地上の営みは宇宙から見た視点によってきっちりと遠ざけられて(entfern)見るべきである。そればかりか過去を振り返る歴史家の視点は、時間的にも有限の主体を超える理想的なものと考えられる。理想的な視点からみるとき、公共的空間に投げ込まれた私のもつ行為の意味は、利的介在者(interesse)の網を織り成す。
 地球もきっちり考えて見ればまた星なのである。「星に住む人びと」から引こう。
 「『よく昔/イヤなこと/なんかが/あった時/
どこか/遠くへ/だれも来ない/遠くへ/
たとえば/星へ/行きたい/と思いました/でも/むこうの/星から/見れば/この地球も/星の一つ/なんですよね』/
『そうすると/ぼくたちは/地球星人ですね』/
『そう/宇宙人/なんです』/
『うん/これは/はりきれるな!』/
 ちょうど/わたしがここで/
光の速度の/関係によって/古い星の光/新しい星の光を/同時に見ている/ように/
もし見ることが/可能なら/むこうの/無数の星の/どこかで/地球上の/できごとは/現在として/くりかえし/くりかえし/在りつづけている
オリオン座では/これから/約5百年後に/遠く白鳥座では/約千5百年後に/あの女の子が/かけよる瞬間を/見ることになる」/(*3)


(*1)井上達夫、1986、『共生の作法』創文社、204ページ。
(*2)Sandel, Michael J.,1999,菊池理夫訳『自由主義と正義の限界』 三嶺書房、68ページ。
(*3)「星に住む人びと」の原型として「イラスト★メルヘン第4話」に注目したい。ラストこのような語句で締めくくられている。「いま・在る わたしたち/永い永い ひと呼吸/ほんの短い ひとつの生命」/「目を閉じるその後でも/世界は続く/この星の終わりまで」/「あい と いうこと」。アーレントが神学者アウグスティヌスの概念を借りて、世界に対して抱く人間的な「愛」の、高みから事象をとらえるべきとしたことを参照。

2009/8/31
「星に住む人々新旧対照クリティック」便宜的に扉絵を1ページ目としp.で略記する。
76年版『星に住む人びと』p.1 07年版『星に住む人々』p.1

p.2
初めて/お姉さんの/ことを/聞いたのは/
p.3
いなか
お墓へ/おむかえに/行くよ/
行くの/やめやめ
ただし!/
p.4
なくなった/時 勝子(しょうこ)
お姉さん/なのか?/
死んだ子は/年とらんの/
このあいだ/
土がもり/あがって/いるの/
p.5
それから/毎年/父は/お盆に一人で/
その女の子の/ことを/


p6
今日は
そうだわ
じゃ/たしかに/起こしたわよ
このあいだ/みたいに/もう一度/眠っていたりしないのよ
絵をかくことが/好きで/臆病で/暴力がきらい
p7
両親と/3人の姉
集まり
しばらくは
新聞会を/承認しないわけ/にはいかなくなる/から
クラブの決算/報告ばかりの/学園新聞なんて
包みも/あけずに/ストーブ用に/とっておくと/
中国映画鑑/11月
p.2
幼児で/亡くなった/姉の/お墓参りに/行ったのは/
p.3
田舎
お墓に/仏様を/お迎えに/行くよ/
〔欠〕
正!!/
p.4
亡くなった時/勝子(かつこ)
お姉さん/なんか?/
死んだ子は/年ば取らんの/
この間/
土が盛り/上がって/いるの/
p.5
それからも/父は毎年/お盆になると/
亡くなった/小さな女の子/のことを/


p6
部活で
そうだわ
じゃ確かに/声かけたわよ
この間みたい/にもう一度/眠ったり/しないのよ
絵を描くことが/好きで/臆病で/暴力が嫌い
p7
両親と姉の/4人家族
集り
部室が/取れないん/ですもの
新聞部/承認しない/わけには/いかなくなる/わよ
クラブの/決算報告/ばかりの/学園新聞なんて
ストーブ用/しか/用がないって/

中国映画鑑賞会/主催・地区労青年部/『農奴』















2008/8/31
 もしくは作品「早春」は卓抜した公共空間の隠喩を見ることができる。
 杉浦礼子は言う。「あなたが/クラスのことに/一生けん命に/なるのは/何のため?
クラスの/みんなの/ため?/
あなたが/思って/いるほど/
みんなは/考えていて/くれるかしら?」/
 工藤順子はたじろぎながら答える。「そんな/大げさな/ことじゃないわ」/
 礼子:「じゃ/何のため?/あなたの/自己満足の/ため?」/
 礼子は続ける。「内野に/いる人が/一生けんめい/がんばって/ボールを/受けとり/外野にまわしても/
外野にいる人が/ぜんぜん弱くて/ボールがすぐ/相手側に/受けとられて/しまうとしたら/
内野にいる人は/むしろ/ボールを/得ることよりも/
いかに/自滅しないか/ということを/考えるべき/じゃない?」/
 順子はただ朴訥に否定するだけだった。「でも/そうじゃないわ/
問題は/そういうことじゃ/ないのよね/きっと」/
 杉浦礼子は、利的介在者を見通す、よくものの見えた少女である。もしくは政治的力能に長けたディケである。それに対して、工藤順子は状況へ抜けていく、一個の発議者である。樹村みのりの作劇は一方に、他方を回収することによって解決するのではない。順子が象徴する「状況の中」を、礼子の第三者的態度に晒しながら、問題を問題として宙吊りにしたままにする。それはズレの公共空間のモデルとなっている。
 例えばその空間におけるズレは、次の「イラスト・メルヘン第3話海に落ちる夕陽」(*1)の一節に現われている。
 「けれど/時として/わたしは/あなたを許さず/あなたは/わたしを許さない/それが/わたしたちの間にある/闘い/わたしたち/二人の闘い」/
 「公共」概念の分析にさいして、そうした差異性をアーレントは用意していた。
 「利害は、まったく文字通り、なにか『間にある』ものを形成する。つまり人びととの間にあって、人びとを関係づけ、人びとを結びつける何物かを形成する。ほとんどの活動と言論は、この〈利的介在者〉に係わっている」(*2)。
 そうして刻印された行為の意味は公の言論によって証され、耐久性を保持する。それは「他のどんな人工の生産物よりも勝れたそれに相応しい巨大な耐久能力を持っている」のであって、それをアーレントは〈星に住む人びと〉が抱える「地球の潜在的不死性への超越性」(*3)という言葉で特徴づけている。

(*1)『週刊少女コミック』1977年、1月16日号。
(*2)Hannah Arendt,1958,The Human Condition,Chicago:The University of Chicago Press,p.182.
(*3)Ibid.,p.54-55

2009/8/4
 『デミアン』1919年のあらすじは以下の通り(*1)。何故この小説を取り上げるかについては追々明らかにしてゆく。
 「デミアン」は主人公シンクレアが最後に第一次大戦が勃発して、それに従軍して重傷をおうまでの、混乱した不安な十代の児童がしだいに自己自身に目覚めて、自分自身への道を見出す、つまり内的に自由な青年へと成長していく精神的発展を描いた作品である。いわゆる事件らしい事件というものは殆んどなく、ただ少年のシンクレアが、不良少年のフランツ・クローマーに脅かされて、父母にかくれて小さな盗みを重ねながら、しだいに深みに引きずりこまれていく。そこへ上級生のデミアンがあらわれてシンクレアを救うあたりまでが、いわゆる小説らしい構成をもっているぐらいのもので、あとは主として、むしろ抽象的な心理的発展が描かれていると言えよう。
 シンクレアを救ったデミアン、そしてデミアンとまるで恋人のような生活をしているその母エーヴァ夫人、この三人がこの作品の最も重要な人物である。物語はデミアンとシンクレアの関係が軸となって展開していく。
 デミアンはいつでも、シンクレアが困っているときにあらわれる。しかもそれはシンクレアがちょうどデミアンを求めて、そのデミアンの指示する方向に本能的に向かおうとしているときに起こる。そうしてシンクレアが感情的に、あるいは無自覚に求めているものを自覚させてやる、そして、そのことでシンクレアを励ましてやるのがデミアンである。言わば、デミアンはシンクレアの深層心理を自覚させるためのきっかけを与える。
 とりわけ注目したいのは、デミアンがシンクレアに対して次のような影響を与えたことである。すなわち善と美と明るさのみを称える神に対して、暗い、性の衝動の世界をも包含する神への目を開かせたことである。
 Deutsche Dichter der Moderne(*2)では、この二重性を次のような一般的文脈で捉えている。すなわちヘッセが好んで繰り返す両極性を暗示しており、シンクレアは彼の父祖からの、綺麗さと清潔性が支配している倫理的な「明るい世界」と、奉公人と手仕事雇われ人の、誘惑と罪に引き寄せられる路地世界という不安に満ちた二重の世界に生きていたのである、と。
 たしかに、デミアンが目を開かせる前に、明るい世界が唯一のものではないことをシンクレアは知っていた。ただしそのことをはっきりさせ、そしてそうしたことへの自覚に勇気をもって進むことが、自分の兄弟を殺した聖書中の人物カインの印を引き受けることであることを教えたのである。
 勇気と節操のしるしをつけたカインについて、デミアンは言う。
 「強いやつが、弱いやつをぶちころしたのさ。それがほんとうにカインの弟だったかどうだか、そりゃどうだかあやしいね。そんなことはどうでもいいんだよ。結局、人間同士はみんなきょうだいなんだもの。つまり、ひとりの強いのが弱いのをなぐりころしたのさ。……そうして、『なぜきみたちも、あいつをぶちころさないんだ。』ときかれると、その連中は、『ぼくらは臆病だからさ。』と言わないで、『そんなことはできない。あいつはしるしをもっている。神があの男にしるしをつけたのだ。』と言った。…」(*3)。
 以後シンクレアはさまざまな曲折を経ながら、あるいはオルガン奏者ピストーリウスの助けを借りて、自分自身への道、というのは、従来の伝統的・教養的・因襲的な解釈をはなれて、自分の心の奥底から納得し、求めるところの道へと進んで行く。ピストーリウスが、「神的なものものと悪魔的なものとを一つにする象徴的な使命を有する神性」としてのアブラクサスを説明して「アブラクサスについて知っている人間は……何ものをも恐れてはならない。我々の中にある魂が望むところのものは、どんなものでも禁じられているとは考えてはいけません」と語っている。
 何でも、といっても、人殺しをすることは許されるわけはない、というシンクレアの反論にピストーリウスは「場合によっては、それも許されるんです。ただ多くの場合は、それが心の迷いにしか過ぎんのだね」と答える。
 一体この箇所をどう読めばよいのであろう。
 ここまでに辿ってきた道を振り返ろう。「解放の最初の日」で確かめたように、善と悪は第三者の眼を通じて一義的に確定されるであろう。つまり歴史の中には、善と悪とのクロニカルが書き込まれている。
 それに対してデミアンでは人殺しが許される場合がある、と言われる。人殺しは悪であるが、それを許す視点がある。このことは悪魔的なものの存在を認めて、それはそれとして両極性を説くデミアン全体の論調とも合っている。例えば「星に住む人びと」が引用する岡林信康の歌のように。
「私たちの望むものは あなたと生きることではなく
 私たちの望むものは あなたを殺すことなのだ 」(***先に予告した新旧版の重大な変更)
 一番はじめに注意を促したように悪魔的なものを包含してなお、正義におのれを差し出そうとする意識は、ささくれている。ちょうど
あなたを殺すことを認めた「私」ならば、おのれの命じるままに周囲のものの破壊につんのめった、「わたしたちの始まり」の佐藤君の心情を理解することが出来る。答えに窮した権威的な教師に無視され、粗野な振る舞いをするようになった佐藤君はもう一人の「私」である。
 暴力は必然的に権力の顕現としてある。C・ライト・ミルズによれば「政治とはすべて権力をめぐる闘争であり、究極的な権力は暴力である」。とんがって現状に異を唱えるものには、政治の究極における「ささくれ」が露頭する。
 反社会的なささくれに注目するとき、アブラクサスという鳥の象徴が前景に出る。
 「『鳥は卵からむりに出ようとする。卵は世界だ。生まれようとする者は、ひとつの世界を破かいせねばならぬ。鳥は神のもとへ飛んでゆく。その神は、名をアブラクサスという』」(*4)。
 「…たとえば、さっきわたしが例としてあげた、アブラクサスの教義がそうです。この名は、ギリシャの呪文と関連してとなえられて、未開の民族などが、こんにちなお持っているような、一種の妖魔の名前と考えられています。しかしどうもアブラクサスというのは、もっとずっと多くの意味を持っているようです。この名前をわれわれは、神的なものと悪魔的なものを融合するという、象徴的使命をもっていた、そういう神の名として、考えてもいいでしょう」(*5)。
 シンクレアの父の家の門の上にかかっている紋章の鳥の姿に明らかに無知で無関心であることに対するデミアンの反応は切実なものである(*6)。「この鳥の姿は僕には面白い。このような物には敬意を払わねばならない、と彼は言っていた」。シンクレアはデミアンにこのシンボルを食べるようにシンクレアに夢の中で要求する。彼はこの猛禽を「青空を背景にして抜け出そうともがいていた」似姿で描写する。深層心理的な解釈が可能であるとしても、この鳥の真の意味に関しては学者たちの間に完全な一致がある訳ではない。
 投影されたシンボルを自我の中に再び吸収することが、紋章に関する中心的な夢を適切に説明するものである、という考えが提唱されてきた(*7)。J・C・ミドルトンは、紋章を食べてしまうことは、プシケを豊かにする心霊のエネルギーを内に向けることを象徴し、そしてまた心の動物的な衝動のあり得べき昇華を表わしていると示唆している(*8)。エムマニエル・マイヤーは青い背景は思考のためのシンボルであり、鳥は飛翔を示しているという見解を持っている(*9)。
 ベネットによれば、最も説得性のある解釈は、セオドア・ジオルカウスキーによって主張された、としている。すなわち、シンクレアがこのような内的な目標を達成するために、幼年時代の世界と伝統的な社会を破壊することが最も重要なことであって、鳥が生まれるためには卵の調和と完成を破壊しなければならない、というのがそれである(*10)。要するに個人の内的統合性の前に社会の既成の秩序は破壊される。
 デミアンにおける二極化は、そもそもデミアンが自己自身に目覚めて、自分自身への道を見出すといった、視点を取っているからである。個人が既成の概念や因襲にとらわれずに自分自身の道を敢て行くものが、カインの額のしるしをもつ。
 『現代のドイツの詩人』を書いたKohlerによれば「アブラクサスの神性を崇拝する者は、新たな自分の命令に従うことになる、古きキリスト教の倫理は己自身を追求し、完全にそれを実現する義務に中核を置く高度に個人的な倫理に道を譲る」。「己自身の内へ至る道がシンクレアの生の課題となる。それを彼は今まで無自覚に留まっていた魂の深淵と連関を明るみに出すことを通じてやってのけようとする」。そうしたシンクレアのような人に対して人々は怖れを感ずる。だからこそカインの道は真に孤独な道である。
 そうした自己の内部を省察した者は善悪の彼岸にいる。ちなみにヘッセによって西欧文明への疑念が表明されたのもこの時期だった。ヘッセはそうした風潮の中で、ヨーロッパ精神の没落を見、1919年に「カラマゾフ兄弟、ヨーロッパの没落」という一文を書いている。そこで「カラマゾフの兄弟」の作者ドストエフスキーを持ち上げ、古いアジア的な神秘思想がヨーロッパの思潮に代りつつあることに言及している。その古いアジアの思想とは、「簡単にいえば、いっさいを理解し、いっさいを肯定せんために、あらゆる固定した倫理や道徳から離れるということである」(*11)とし、「この『新しい理想』はまったく無道徳的な考え方であり感じ方であるように思われる。すなわちそれは、神々しい必然的な運命的なものを、もっとも悪しきもの、もっとも醜いもののなかにも感知し、そういうものにも、否そういうものにこそ、特に崇敬と礼拝を捧げ得る能力があるとみるのである」(*12)と述べています。それは「神であり、同時に悪魔でもある神を求める」ことであり、そして「同時に悪魔でもある神とは太古の造物主である」(*13)、と。
 ここで〈非人間主義的な〉(アヒューマニスティック)一歩が記される。人間社会の前段階としての動植物の世界、その基礎にある物質の世界、そしてそこを支配している物理化学的な世界を動かしているのは「必然的な運命的なもの」であり、そこには本来善も悪もないはずである、と。その中での「悪しきもの、醜いもの」はいつでも、美しい善いものに変わり得るのであって、本来必然の過程の中にあるものに、善悪美醜のあるはずはなく、善悪美醜の判断は人間社会のできごとにすぎない。従ってその判断は、これを判断する人の立場によって変わって来る。
 「人間の作る形式、文化、文明、秩序というものはすべてなにを許し、なにを禁ずるかについての協定一致をもととしている」(*14)のだから、この規準によって人間の意識下には、抑圧されている原衝動というものが存在する、ということになる。


(*1)井手賁夫著、1975、『ヘルマン・ヘッセ研究(第一次大戦終了まで)』三修社。
(*2)Kohler, Lotte, “Hermann Hesse”,in:B.von Wiese,1975,3Aufl.Deutsche Dichter der Moderne,Erich Schmidt Verlag..
(*3)ヘルマン・ヘッセ.、1959、実吉捷郎訳『デミアン』岩波文庫42ページ以下。
(*4)ヘルマン・ヘッセ.、1959、122ページ以下。
(*5)ヘルマン・ヘッセ.、1959、124ページ以下。
(*6)Bennett, Veldan J.、1982、内尾一美・渡辺信生訳「ヘルマン・ヘッセの作品における女性の役割」井手賁夫編、1982、『ヘルマン・ヘッセをめぐって−その深層心理と人間像』三修社、121ページ以下。
(*7)Boulby, Mark, Hermann Hesse,S.109.
(*8)Middleton,J.C., Hermann Hesse as Humanist,S.160.
(*9)Maier, Emanuell,The Psychology of C.G.Jung,S.100.
(*10)Ziokowaki,Theodore ,The Novel of Hermann Hesse,S.114.
(*11)Hesse,Hermann ,Gesammmelte Schriften,Bd.7,S.162.
(*12)Ibid.S.163.
(*13)Ibid.S.164.
(*14)Ibid.S.164.

(***)76年版では岡林信康の引用はこうなっていた。「わたしたちの望むものは/決してわたしたちではなく/わたしでありつづけることなのだ」/
「わたしたちの望むものは/あなたと生きることではなく/あなたを殺すことなのだ」/
 それが07年版ではこう変更されている。「わたしたちの望むものは/あなたを殺すことではなく/あなたと生きることなのだ」/
 「わたしたちの望むものは/決してわたしたちではなく/わたしであり続ける/ことなのだ」/
 機村みのりのこの態度変更は、いっしゅの若かりしころの戦線から撤退ではなかろうか。幾分かの寂しさを覚えるのは「わたくし」がまだ未熟だからなのだろうか。

2009/1/30
 「ジョーン・Bの夏」(=80/82)で描かれたのも自我の原衝動に突き突き動かされて、もう一人の自分(真の自分)を探し出す自己探求の物語であった。樹村みのりにおける救いの道とは、「救いを求める者が問いから出発し、初発的な地点を確認する」という反復運動である。ジョーン・Bの煩悶に対する救いも内発的に用意されていた点で同じである。
 例えば「ヒューバートおじさんのやさしい愛情」(=74に掲載予定だが休載=79に再録)における成熟のステップにおいてさえ、初発的な盲目的愛が、他者との「交信」の原型であろう。それというのも人肉を食べる行為が象徴する「自己陶酔的な愛情」(*1)を、たとえフィクションであれ理解できる作者が、主人公アンジェイの成長を造形しているから。つまり一方向的に愛を押し付ける地点から、双方向的に愛を交感する地点への、成熟という飛躍があるのだが、後者の立場へ促す出発点である「自己陶酔」に対して、なお幾分かの理解の視線がある。
 谷川俊太郎の『世間知ラズ』(*2)のなかの「父の死」の一節に次のような箇所がある。
 「葬儀屋さんがあらゆる葬式のうちで最高なのは食葬ですと言った。/
父はやせていたからスープにするしかないと思った」。
 ヘーゲルが自己疎外で考えているように、愛とは他者のなかに自己を見出す営みであろう。とすれば、そこには異物の肯定とともに、異物を排除しようとする弁証法的関係がある。、愛とねじれの関係にありながら、その本質を射る儀式として、食葬は理解されるであろう。食葬を理解し、食葬から離別しなければならなかったもうひとりの「ヒューバートおじさん」が、「海辺のカイン」の主人公、森展子である。

(*1)樹村みのり、1979、「自作を語る『ヒューバートおじさんのやさしい愛情』のこと」『少女マンガミステリー競作大全集』、東京三世社、192-193ページ。
(*2)谷川俊太郎、1993、『世間知ラズ』思潮社。

2007/7/13
 樹村みのり作「メダリオン」(=78)は、皮膚の接触に託された硬質な感触のように、私と他者の差異性を告知しながら、なお訪れ来る召命を、教えてくれる。『メダリオン』はナチス犯罪調査委員としての実地調査をもとにしたポーランド作家ナウコフスカの短編集の表題である。それから着想を得たと思われるコミック「メダリオン」の内容は、以下の通り。冬のポーランドに新任部長として初老の男クラウスが赴任してくる。市には爆破テロが頻発、要人が次々と襲撃されクラウスが次に標的となる。と或る爆破現場で、彼は少年時代に苦い別れをしたエルンストに出会う。エルンストはユダヤ人差別に対する怨恨を内に秘めていた。彼はそれを言葉にする。
 「両親や一族の怨恨をひきつぐことが不合理だと、どうしていえるのでしょう/
世の中はおおかた/このようなもので動いている」/
 ここでの主題は別離である。しかしその根底で動いているのは、他者との連帯を作り出す党派性なのである。メダリオンが民族の迫害/差異性の象徴でありながら、民族の連帯の象徴でもある。この象徴の二義性を持った受難の記憶が、メダリオンに穿たれている。このメダリオンは、「マルタとリーザ」でも登場する(下に掲げるコマを見られたい)樹村みのりの好んで使う小道具である。

 いくら樹村みのりがアンジェラデービスのアフリカ系国民市民権運動に共感していたといっても、やりばのない受難を、直接的な暴力によって贖おうと考えていた、とするのは誤りである。ハンナ・アーレントの『暴力について』のフランツ・ファノンへの距離は、また樹村みのりの〈非暴力〉へのスタンスであった(*1)。アーレントから引いておこう。
 「学生運動によるこの新たな暴力礼賛には奇妙な特色がある。新しい戦闘的集団のレトリックは明らかにファノンに刺激されたものであるが、かれらの理論的な議論は、たいていの場合、ありとあらゆる種類のマルクス主義の残滓のごた混ぜ以外の何ものでもない。これにはマルクスやエンゲルスを読んだことのある人はだれもがまったく面食らってしまう。……サルトルはきわめて言葉巧みにこの新しい信仰を表現している。かれはいまや、ファノンの本にもとづいて、「暴力はアキレウスの槍のように、みずから与えた傷を癒すことができる」と信じているのである。もしもそれがほんとうであったら、復讐こそが大方の傷を治す万能薬であることになるだろう。この神話は、ソレルのゼネストの神話よりもいちだんと抽象的で、はるかに現実離れしたものである。それは、「尊厳ある空腹は奴隷が食べるパンにまさる」というようなファノンの大げさな最悪のレトリックと選ぶところがない」。
 そう、ガンジーは暴力を行使する以上に、すぐれて「政治的」存在であリ得た。〈非暴力〉は暴力以前の出発点ですでに「政治的」であるという、極めて素朴な事実にたじろがされることがある!!

(*1)ハンナ・アーレント、2000、山田正行訳『暴力について』みすず書房、113ページ以下。

2009/8/5
 以上が幾分政治的含みを強調しすぎているとするなら、宗教的寓意によって中和される必要があるかもしれない。その方が樹村みのりの赦しの本質をより正確に射ているかも知れない。
 ことの本質を明らかにするよすがとしてフォーナーの『寓話』の一節を引用しておく。
 「それが(フランスの勲章)あるがためにフランス人の群集が、その間から彼が飛び出すのをあえて妨害せず、彼がその恐ろしい動物的なゆさぶりと松葉杖で歩く人間的波動とをもって、勢いよくすすんだその時、今でさえも、あえて彼をつかんで引きもどそうともしなかったと思われるが、その彼は、凱旋門のまわりの空白の地域に踏み込んでゆき、ついに彼もまた弾薬車に直面するにいたった。そのとき彼は立ちどまり、松葉杖を彼の脇の下に支えにして、その隻手で胸のフランスの勲章をつかんで、彼もまた、大きく響く声で、叫んだ。
 元帥、私のいうことをきくのだ!これはあなたのものだ。受け取れ!」と叫び、彼の免罪権の護符であったところの勲章をつかんで、よごれた上衣からはぎとり、それを投げるために、腕をふりあげ後にひいた。彼はもちろんその勲章をはぎとるやいなや、何が起こるかしっかり分っていたようであったが、それを恐れはしなかった。勲章をにぎって高くかかげたまま、体の動きを止めてしまって、いまや群集が、ほとんどうずくまって、抑制されたまま、彼が免罪権を振り捨てる瞬間に飛びかかろうとしているのを、振りかえりさえして、彼の破壊された顔の笑うことの出きる方の側で、j誇らしげではないが、不敵に笑い、それから後向きに変って、その勲章を弾薬車めがけて投げつけ、群集が彼の方になだれをうって押しよせたとき、彼の声は、愕然としている空気の中で、ふたたび、鳴りひびいた、「あなたもまた、もはや人間の生存しない黄昏の中に、人間の炬火を運ぶことを助けた。これは彼の墓碑銘だ。彼らをきたらしむるな。善きにも悪しきにもわが祖国なり。ここに永遠にイギリスなる地点あり−」(*1)。
 倉多江美の「体積」(*2)における怨恨の記述を微妙にかすっている。
「見えるのは〔恋敵の死亡を願った願掛け〕/人形の中に封じ/込められた人々の/貪婪な言葉と/
自分の幸福/ばかりを願う/卑しい姿で/しょう」(中略)/
「この面で限界/づけられた空間部分の/幸福だけは/晏如とさせたいのです」
 再びここまで言ってきたことを遡ると、民族の怨恨はメダリオンに封じ込められていることに思い至る。とはいえその触感によって区切られている、「記念品」には同時に、生に対するほのかな希望が、籠められている(さあこれが「贈り物」だ。この透明な反射体に未来の運命を賭けよ)。
 他者との「受難」の共有は、フォークナーにおける勲章の告げる所であり、また樹村みのりにおける「ローマのモザイク」(=75)もそうした実存の行方に思いを至らせる。

(*1)フォークナー、ウィリアム、1974、阿部知二訳『寓話』(下)岩波文庫、380-381ページ。
(*2)倉多江美、1997、『一万十秒物語』ちくま文庫。

2008/2/15
 たしかにシェンキェヴィチが描くような実存の召命による、赦しがあるならば、ズレの痛みを残しながらも、受難は和解へと至りえるかもしれない。「主よいずこへ」に対するイエスの召命は、アッピア街道の「光」として現われた。
 『クォ ヴァディス』から引用する。
 ナザリウスと使徒ペテロは、ネロのローマでのキリスト教徒弾圧から逃れて、アッピア街道の途上、不思議な光景を目にする。「見ると金色の球が空を上へ上へと昇らずに、高みから降りて来て道の上を転がった。
 そこでペテロは立止まって云った。
 『その明るいものが見えるか、こっちへ近づいて来る。……』
 『何も見えません。』とナザリウスは答えた。
 暫くして使徒は掌で眼を覆って叫んだ。
 『誰か人の姿が太陽の光の中をこっちへくる。』
 二人の耳にはしかし僅かな足音も聞こえなかった。あたりは全く静かであった。ナザリウスに見えたのはただ、遠くで樹々が誰かに揺られているように慄えていることだけで、光は次第に廣く平原に注いでいた。
 ナザリウスは使徒を見て驚いた。
 『ラビ。どうなさいました。』と不安そうに云った。
 ペテロの手からは旅行の杖が地面に落ち、眼は動かずに前の方を眺め、口は開いたままで顔には驚きと恍惚がありありと見えた。突然跪いて前の方に手を伸ばし、その口から叫聲が發した。
 『おおクリスト……クリスト。』
 そうして頭を地に附けて誰かの足をキスしているようであった。
 長い間沈黙が續いてから、靜けさの中に咽び泣き途切れる老人の言葉が響いた。
 『クォ ヴァディス、ドミネ。……』(『主よ、何処に行き給ふ』)
 ナザリウスにはそれに對する答は聞えなかったが、ペテロの耳には悲しい甘い聲がこう云うように聞えた。
 『なんぢ我が民を棄つるとき我ローマに往きて再び十字架に懸けられん。』
 使徒は顔を埃に埋めて、身動きも言葉もなく地面に伏していた。ナザリウスはてっきり使徒が氣絶したか或いは死んだかと思った。しかし使徒は到頭起上がって慄える手で巡禮の杖を舉げ、何も云わずに七つの丘の都の方に向いた。
 少年はそれを見ながら谺のように繰返した。
 『クォ ヴァディス、ドミネ。……』
 『ローマへ。』と低く使徒は答えた。
 そうして戻って行った」。
 遠藤周作の『沈黙』は、日本人にとってのキリスト教という外部へと穿たれた「穴」を経由して、逆に日本人キリスト者内部が作る連帯を、否定してしまった。キリスト者の実存の連帯の問題は、どこに回収されるのかという、すぐれて「クォ ヴァディス」的な問いかけがそこには失われている。ロドリゴが道に迷ったのは、「暗い山」(「贈り物」)の途上であったかどうかは、あえて問わない。ロドリゴの見またがえた道の行方を、シェンキェヴィチはしかと見据えていた。
 すなわち、迫害される同胞がローマにいるのならば、受難を引き受けなくてはならない、という命法こそ、道の行方を指し示す。命じるのは、同胞との運命共同体であって、「私」の内部に「光」の形で示される。自我の〈微分〉は集約されて、大きな「光」の「海」となる。樹村みのりが、「海」ということで表象している、連帯の実質とは、そのようなものである。
ローマのモザイク論が入ります。

2008/2/23
 「わたしたちの始まり」で、ベトナム戦争に反対する募金対して佐藤君が表明した否定は、なぜ肯定に変質したのだろうか。それは端的に言って、「海」を経由しベトナム民衆に通じる「流れ」に沿っていたからである。
 「その時間に/夏休み中に激化された/アジアでおこなわれて/いる ある戦争の話を/クラスの委員が/まえへ出て話した/
みんなに/回覧を希望した/新聞の切り抜きは/なんだかひどく/残酷なもので/
それから/その写真の中のような/キズついた子どもたちを/救うために/なんとかという団体を/通じて募金を/送ろうということになり/たぶん全員賛成だと/思ったのだろう/
 『反対の人/
手をあげて/ください』/
 と/委員の/ひとりは/いった/
それは/ほんとうに/一瞬の差/だった
彼が手を/あげなければ/
わたしが手を/あげていた/ところだった/
 『めだち/たいんだよな/佐藤!!』/
 けれど/クラスメートが/いった/そのことばの/意味は/
彼には/
わからないものだった
わたしは/彼のかわりに/顔を赤らめ/
彼は/みんなが/わからないのを/怒った/
採決は多数決で/なんなく決まって/しまったけれど/
ノーという形を/とってしまった/熱い想いのイエスが/彼のなかにあるのを/その時/わたしは見つけた/
それはわたしが/その熱さを/半分おそれながら/だれにもいえずに/自分のなかに/見つづけてきたものと/おなじ質の/想いだった」/
 日常の怠惰の中にあるクラスメートにとって、戦争に反対することは安易である。しかし生半可なボキンに賛成することで掬われないものがある。それは大きな状況を撃つこと、例えば戦争に対する根本的な疑問を呈することである。もし「消極的な賛成」が大きな状況に対する告発を隠蔽するものなら、逆に「積極的な肯定」は、「反対」という先鋭化した形を取る。その逆説性故にこそ、クラスメートの惰性にとっては、佐藤君の行動は異物に映る。そうした経緯から、「ささくれた」想いに抱え込んで、佐藤君はクラスから孤立せざるを得ないのである。

 「わたしたちの始まり」のWe shall overcomeの調べは、「流れ」となって、わたしたちを「海」へと誘う。したがって朱夏の季節の最後のめぐりは、海辺で閉じられなくてはならない。「海辺のカイン」はその意味で、朱夏の締めくくりとなる。

四、白秋 大人へと頽落すること
「インターミッション-秋の予感」
・・・もしくはアン・ドウ・トロワ

犬・けん・ケン物語/晴れの日雨の日曇りの日が入ります。
その後、奥井智之『社会学』が入ります(カインの末裔)

2008/9/14
 「都市が人工的な構築物であるというのは、そこでの社会関係そのものを特徴づけるものでもある。このことを理解するのに有用なのは、旧約聖書『創世記』におけるカインとアベルの物語である。というのもカインはそこで、都市の創設者としての役割を与えられていうるからである」。
 「ここで取り上げたいのは、〔アベルを殺した〕殺人者カインのその後である。それについて『創世記』は次のようにいう。神はカインを、その土地から追放した。その際神は、カインにしるしを付けた。それは「カインに出合う者が、だれもかれを撃つことがないように」するためである、とされる。カインはエデンの東、ノド(さすらい)の地に住んだ。かれはそこで、妻を知り、息子を得る。そして都市を建設し、エノク(息子の名にちなむ)を名付けた。そして彼の子孫からは、遊牧や音楽や鍛冶に携わる者が出た、それが『創世記』の伝える、カインのその後である。ここには反社会的な存在者(最初の殺人者)が社会的な存在(都市の創設者)に転化する、というドラマティックな展開がある。そしてそれが、都市への移住を通じて行われていることは興味深い」(*1)。
 カインの特筆すべき性格を挙げるなら一、非(反ではない)道徳的存在者であること。二、社会のなかでのズレを本旨とする異邦人であること。三、都会という「孤独者の集いの場」の「はじまり」を告げたものであること。
 ちなみ畏友奥井智之によれば、バウマンは『コミュニティ 安全と自由の戦場』(筑摩書房)でピコ・デッラ・ミランドラの創世記解釈などを引きながら、カインの人間のコミュティからの追放が、懲罰であると同時に、同時に恩恵でもあるという二重性を、明らかにしていると言う。つまりカインの追放においては、安全と自由がトレード・オフの関係にあることが見出せる。(展子は〈犯行後〉においてものびやかさを獲得していないだろうか。)

(*1)奥井智之、2004、『社会学』東京大学出版会、102-103ページ。

2008/5/29
 以下の展開をあらかじめ予告しておけば、成熟のための通過儀礼や母親のモチーフは、作者個人の原体験であることが推測されても、ストーリーにおいてはエピソードであること。ジェンダーを負荷された対人関係は作品構成上の技巧に属すること。一等重要なのは、主人公展子の「想い」があったことであり(「菜の花」から続く一貫したモチーフ)、その「想い」が拒まれたときの内面の葛藤のドラマである。すなわち孤独者のはじまりが刻印されているのである。
 「想い」が同性愛の次元で解釈しなおされがちな、この作品に対する誤解を回避し、原体験の生々しさを幾分薄めるために、上のような遮蔽の装置が取られた。この遮蔽のレトリックは、改定稿においてより顕著である。

2008/9/6
 「海辺のカイン」をめぐっては、コミック版に収録されたさいの改訂をどう解釈するか、というデリケートな問題がある。ボンビックス「樹村みのりを読んだ夜の私的な覚書」『みのりすと』41ページから、やや長きにわたるが、問題提起の意味で引用しておこう。
 「佐野さんに「あのこと(注:一緒に寝たこと)……あなたも好奇心からだったわよね」と訊ねられた展子がうなずいている」シーンは、改訂版コミックス81.5版においてはじめて挿入された。展子がそれに「うなずいた(つまり表面的には自分も好奇心からでしたと答えることで佐野さんへの思いやりを示していますが)後の数瞬後に涙を流すことで、やはり〔初出mimi81.3版のように〕「ノー」と言っていることことになります」と書かれている。しかしそれでボンビックス氏の言うように単純に「展子と佐野さんの間の心情のやり取り」が深くなっているだけの問題なのか。そもそもボンビックス氏の解するように「うなずき」は「佐野さんへの思いやりを示」すものだったのであろうか。問いを立ててみたい。
 なぜ佐野さんは「あなたも好奇心からだったからよね」という科白を発したのであろうか。たしかに佐野さんは、〈異常を嫌っている〉。
 「わたし自分が/女どうしでも/満足する人/なのかしらと/思っていた」/
「でも/あれで自分が/わかったわ」/
「女の人とでは/だめなの/満足しなかったもの」/
 しかし展子の存在を佐野さんは全否定しているだろうか。佐野さんのお誕生日、展子は佐野さんにプレゼントを持って訪れる。佐野さんはそうして〈郵便的に差し出された〉展子の訪問を受け入れる。(というのも郵便の本質に属するように信頼の僥倖に賭けているから。)つまり佐野さんも部分的に〈共犯者〉=カインの分身であることをラスト近くにおいても留保しているのである。佐野さんにとっては女性と一緒に寝ることで、戸惑いにさらされ、その迷いのやり場のなさから、不器用にも展子にカインのしるしをつけるのである。

2008/9/8
 としたなら、佐野さんが展子に対して「もう/イヤに/なったわ」と〈拒む〉ことは、自分で自分の行為を処理しきれていないことと読める。言うなれば、〈罪〉を犯してしまったことへの悪あがきとも取れる。言わば佐野さんは〈共犯者〉展子に免罪符を求めているのである。とすれば、佐野さんの人格自体に危ういものが感じられる。いずれにせよ、展子に「好奇心からだったわよね」と、関係の修正を迫るのは、自己防衛的な取り繕いにかまけすぎている。それ以前に(少なくとも展子が肉体を求めたことは)好奇心からでなかったことなど明らかである。
 それに対して展子は自己の心情の核心と葛藤しながら答えを出そうと、力を絞る。あきらかに自分に対して、より誠実なのは展子であり、その前では佐野さんの「ノー」の要求に対しては、頓着することなく展子は却下する権利を持っていよう。結論めいたことを言ってしまったが、展子のこころねを訊ねるには、もう一度、海辺のカインの全ストーリーの中で今の解釈を確かめなくてはならない。

2009/1/31
 以下、『海辺のカイン』第四回までのストーリーを講談社コミック版に即して辿っておこう。
T.「海に来た少女」、たまたま海に来た森展子はとおりがかりに、海辺近くの公園で佐野さんと遭遇した。見ず知らずの展子に佐野さんはお茶とケーキをすすめる。佐野さんは、自分が女の子向けのデザイナーであることを打ち明ける。そして展子に自分が描いた服のデザインの感想を求める。いかにも女の子向けに描かれた他の人のデザインと違って、それは展子の気に入るものだった。展子は自分の服装の趣味と佐野さんのデザインの嗜好が一致したので、今月末の都内デパートでの佐野さんのショーを見に行く約束をする。帰りがけしばらく佐野さんがドアを開けていたのは、展子がつまづかないように、足元を照らす思いやりであったことに気づく。(「樹村みのりにおける救いの道とは、「救いを求める者が問いから出発し、初発的な地点を確認する」という反復運動」であり、『海辺のカイン』の中にはそうした反復と同質の変奏を見出せる。それはラストの、佐野さんの見送りの変奏によって示唆されている。)

 





















2008/9/17
 子供向けファッションのショーにて。佐野さんのいる海辺の町に引っ越してきたことを展子は告げる。佐野さんとの帰り道、展子は「スカートをうまくはけない」ことを告白する。スカートをはくことが自分を自分でなくならせてしまうように思えてくる、と。そしてジーンズ姿でいることにひどい罪悪感があると語る。というのも「女性はスカートをはくもの」という強迫観念があるからである。そうした会話の後、また佐野さんと会うことを約束してその日は別れる。

2009/8/5
U.「年上の女性」、佐野さんの視点から、森展子の境遇が語られる。
 佐野さんが、展子に素性を明かしたのと、代わりに、展子は、自分が都内の深夜喫茶でウェートレスや歌手をしていることを教える。展子は深夜まで、自分の身に余りかまうことなく、自由に振舞っていた。喫茶店帰り、佐野さんの家の一階で宿を取る。佐野さんは展子に「あんがい女性らしい体をしている」と言ったとき、展子は少し不器用にその言葉を否定する。

2009/8/31
 佐野さんのピアノを子供のころ習ったエピソード。もしくはデザイナーとして不遇だったこと。佐野さんは人間の不幸について諦念を示す。展子は佐野さんに「あなたが不幸だったら私が守ってあげます」と請合う。
 二人の不幸の話はカインとアベルの物語へと発展する。カインの処遇の理不尽さを展子は語る。
 酒を共にし、世も更けたころ、霊の話から、佐野さんは亡くなってしまった両親があの世から自分を思ってくれているのではないか、と感傷的になる。展子は自分の母が「生きているときでも亡くなってからも想ってくれません」と言う。かすかな恋慕を展子はほのめかすが、佐野さんは気がつかない。佐野さんの家で泊まった、その一夜、海辺へと展子は一人、出て行く。記憶を反芻するように。

2008/8/26 白秋の覚書「死刑台のメロディー」より
 バエズ作詞の歌詞から「あざみの花」のラストはとられたものと思われる。「あざみの花」(*1)ラストのバート(ヴァンゼッティ)の台詞との対応を覚書程度に書き記す。
「あなた方が/わたしたちのことを/ちょっとでも/考えてくれる時/
わたしたちは/あなた方の/心を手にいれて/いるんだ」/
「ならば/今のこの/わたしたちの苦しみ/


そんなものが/なんだろう」/
「わたしたちの/最後の苦しみは/
「わたしたちの/勝利へ向かって/いるのだから」/(「あざみの花」希望コミックス88ページ。)
「ねむれニコラとバード
永久にわれらの心のうちに
この最後の時は二人のものさ
二人の苦しみは二人の勝利さ」(歌詞を意訳)
「Here's to you Nicholas and Bart
Rest forever here in our hearts
The last and final moment is yours
That agony is your triumph !」(Joan Chandos Baez,HERE 'S TO YOU,1971)

 『あざみの花』の終わり方は淡白で、拍子抜けさせられてしまうところがある。それを補完するのが、バエズのメロディである。その残響が「あざみの花」の熱さを間接的に教えてくれる。裏返せば、それは残響としてしかとどまりえず、季節の移り変わりを感じさせる。

(*1)grasp the thistle firmly(敢然として難局にあたる)のからthistle(あざみ)の花は由来するのだろう。

二、多声の檻
分散する差異性は、――ポーランド文学NAL^KOWSKA, Zofia♀『メダリオン』におけるような、――軋みを招く。もしそれで、諦めるのなら、〈他者との訣別〉が予想される。
 樹村みのりは、この予想を、ジョーン・Bや〔「海辺のカイン」・「三年目のカイン」の〕展子の〈訣別劇〉に託していたのではないか。また次のような、アーレントの考えも熟知していたはずである。
 例えば――アーレントの分析において――悪は、アイヒマンが、キリストに〈誤判〉を下したピラトの心情に、かこつけたように、極めて凡庸な形を取る。そのように凡人は定言命法を誤解し、殺人を慈悲によって正当化することがある。こうした誤解があるからこそ、悪はこの世から消えない。
 とするならば、公共性とは別のサイド〈側〉に、異者の悪が存在する。その意味で、「解放の最初の日」の主人公の悪は、断罪されているのである。〔アーレントは「取り返しのつかない」ことまで赦しえたのだろうか?〕

2011/1/20
 竹内オサムの、批評「樹村みのりの風と光」(以下『児童漫画研究』第二号、1981年からの参照ページを括弧に示す)の中で、次のように述べられている。「処女作「ピクニック」(=64)以来、樹村みのりは、差別された人、疎外された人びとに限りない愛情をそそいできた。…その迫害・疎外の理由はさまざまである」。そうした「迫害・疎外された人間」を描くのが第一の作品群である。彼はそれに対して、第二の作品群すなわち「個々の人間の感じ方、考え方、その価値観を大切」(21ページ)にする人間像が描かれた作品群を対置している。
 しかしながら第一の作品群の〈視点〉を特定できるか疑問である。例えば「まもる君が死んだ」(母子家庭・貧困という疎外)では、最後のほうの「語り手」である女の子こそ、むしろ隠れた主人公ではないか。少女の語りはまもる君の〈側〉から発せられている。つまり〈視点〉は〔中立的な〕「第三者の眼」(23ページ)ではない。そこには、語り手=作者樹村みのりと作中人物との〈共犯〉関係が成り立っている。
 「ア、ワタシワルイコトヲシテシマッタ」
 〔同様の〈共犯〉関係は、「悪い子」(=80)においても見られる。〕〈共犯〉関係によって、作者の立場が作品に反映される。こうした関係において成立している第一の作品群を、〈分身〉の語り(*1)の作品と名づけよう。
 それに対して、第ニの作品群の中の「翼のない鳥」。ラストは物語の語り部の〈視点〉で括られている。
「昔むかしで始まったこの物語はこんなふうにおわらせたいと思うのです」/
「……それからジョーイは末永く幸福に暮らしました…とさ」/
 言わば「翼のない鳥」の語りは遠い声で途切れている。かつて森永郁子はモノローグによって物語りの結末が閉じられていないことをもって、樹村みのりに苦言を呈した。
 「「翼のない鳥」(後篇)の最後の1ページは必要ありませんでした」。というのも森永によれば樹村みのりは、作劇法において生に対する煩悶を中断し、「生きていたジョーイは、あなた〔作者樹村みのり〕の気弱さに平穏な余生を送られて、それまでのジョーイのまじめさはまるでうす雲にこおわれた〔ママ〕輝きのない空のように、哀しいもの」としてしまったと言う。そして「今までジョーイの彼ゆえにこそ人生を描きこんでいたものを、最後に十把ひとからげの幸福に簡単にほおりこんだからです」と結んでいる(*2)。
 人の中には生を肯定し得ない不幸な人間もいる。例えば遮二無二、悪夢にうなされ続ける人。彼/彼女が生を総体として反省する視点を持ち得なければ、幸福だと言えない。走らせ続けながら足跡を確かめる人の生が、たとえ充実していたとしても、仮に生の肯定に符合した眺望を、自分の生に対してもち得ないとしたら、その人の生は不幸ではないのか。煩悶した生の越し方をおもむろに振り返り、それを肯定できる人の方(見田宗介『宮沢賢治』)が余程幸せではあろう。そうした肯定の観点は、その人が生から距離を取る時、はじめて手にし得るだろう。現世に舞い降りた、その幸福を、「十把ひとからげの幸福」と悪し様に非難することはできない。森永の非難は、振り向かず走り続けろ(?)、という強迫観念のように聞こえる。
 むしろ「翼のない鳥」の語りにおいて、そうした生からの距離の取り方が重要なのであって、森永の苦言はあたらない。
 この文脈で言えば、竹内オサムの言う「解放の最初の日」(=70)における「四角いフレイムに書きこまれた語りの口調」は「青年の理性の声」ではない。それを自己反芻の声とはさらさら呼べない。むしろ遠い「存在」(ハイデッガー)からの呼びかけの声である。つまり両作品(「翼のない鳥」・「解放の最初の日」)は、主人公を距離をとって俯瞰する、〈第三者〉の視点からの〈物語文〉なのである。
 同様のことを、「犬・けん・ケン」物語の第三話、〈第三者〉の視点が仮設されていることにおいても、見て取れる。または、連作「菜の花畑シリーズ」が〈第三者〉からの俯瞰によって支えられていた。
 樹村みのりという語り手の卓抜さは、この近い〈分身〉と遠い〈第三者〉の間に宙づられる、もしくはその語りを行き来する自在さにある。己と自在に距離をとる、実存(?)のさざめき(*3)に耳を澄ませよう。そのとき「存在」から降る〈光〉のたたずまい(光る風=山上たつひこ?光る声=真継伸彦?光る雨=連合赤軍?)に気づくであろう。

(*1)〈分身〉の象徴的意味について、樹村みのり「1ページ劇場 ドッペルゲンガー」は示唆に富んでいる。樹村の、異性に振り向くこととは、不在の分身の消息を尋ねることであった。
(*2)森永郁子、1978、「前略樹村みのり様」『だっくす』清慧社、1978年11月号、34-35ページ。
(*3)中沢晃、1983、「COMICS 樹村みのり『ジョーン・Bの夏』」『海』中央公論社、1983年5月号の批評を参照のこと。中沢が言及する――樹村みのりにおける、――日常に潜む穏やかならざる〈気分の亀裂〉は、本HPの言う〈ささくれ〉た想いを言い当てているものと考える。以下、中沢からの引用。「『ジョーン・Bの夏』に描かれているのは、若い女性たちであるが、まだ大人になりきっていない、気分は女の子という女性たちである。自分の影を背負って何かにこだわって生きているが、その心のしこりが何であり、どんな意味をもっているのか、知りもしないし意識的に知ろうともしない。彼女たちにとってしこりは気分であり、現在を生きている快・不快の感覚である。ハイデッガーのコトバを用いていえば、それは「現存在そのものが、常に気分づけられている」(『存在と時間』)感覚である」(「海の手帳」のコーナー内187ページ)。樹村みのりの「現存在」を揺すぶる「存在」理解については、「イラスト★メルヘン第4話」「ゆえに人間にとって/神は「在―り」/(「在り」として在る存在」)」から、窺うことができる。
 なおここでの「気分」はフォークナーの幼児期の感情描写に通じる所がある。後述。

三、意味という過剰
 樹村みのり作中人物の〈ささくれ〉た感情は、例えば「ジョーン・Bの夏」に露われている。
 「大昔まだ野蛮だった人間は自分を守るために相手を打ち殺したわ/
あなただってその記憶を受け継いでいるはずよ/
あなたを傷つける人間など打ち殺しなさいジョーン・B/
頭を打ち砕いて脳髄を飛び散らせなさい/
身体を切り裂いてまっ黒い臓腑は犬にくれてやりなさい/
石を打ちつけて/
石を打ちつけて/
打ち殺すのよジョーン・B/
打ち殺すの」/
 『デミアン』における〈象徴〉には、こうした感情と同質なものが穿たれている。すなわち原初の〈ささくれ〉をシンボル化しているという意味で。
 「『鳥は卵からむりに出ようとする。卵は世界だ。生まれようとする者は、ひとつの世界を破かいせねばならぬ。鳥は神のもとへ飛んでゆく。その神は、名をアブラクサスという』」(*1)。
 「・・・たとえば、さっきわたしが例としてあげた、アブラクサスの教義がそうです。この名は、ギリシャの呪文と関連してとなえられて、未開の民族などが、こんにちなお持っているような、一種の妖魔の名前と考えられています。しかしどうもアブラクサスというのは、もっとずっと多くの意味を持っているようです。この名前をわれわれは、神的なものと悪魔的なものを融合するという、象徴的使命をもっていた、そういう神の名として、考えてもいいでしょう」(*2)。〔ちなみに『デミアン』の第二章は「カイン」、第八章は「終わりのはじめ」。「海辺のカイン」・「わたしたちの始まり」と言った作品名を髣髴させる。〕

(*1)ヘルマン・ヘッセ著/実吉捷郎訳、1959、『デミアン』岩波文庫122ページ以下。
(*2)同書、124ページ以下。

azami.pdf へのリンク・アブラクサスをイメージした鳥の絵です。
 アブラクサスにおける神的なものと悪魔的なものの融合を、「ジョーン・Bの夏」におけるジョーン・Bとバーバラの統合と考えてみたい。この二つの人格は、ジョーン・バーバラ・ブラウン(初出ではジョーン・バーバラ・ブラウンでなく、ジョーン・バーバラ・アンダーソンだったらしい)という一個人の、両面を成している。バ−バラは主人公ジョーン・Bのドッペル・ゲンガーであるのだが、そのことがジョーン・Bに暴かれることを通じて、彼女はアイデンティティを獲得する。
 この場合、両人格の統合が主題であるのに対し、「Kの世界」(=80)では主人公「北沢啓一」K.K.と彼が慕う「瀬里沢京子」K.Sとの分裂が主題であるとは言えないだろうか。というのも、〈相対〉する二人の異性が、一人格を共有する二個人であることは、Kというイニシャルから暗示されているからである。或る意味で、この二人は、樹村みのり=K自身の分身であろう。つまり「Kの世界」は、「わたしたちの始まり」における、交感しあう異性の〈一性〉を、不協和を孕んだ分裂の形で反復している。
 ところで、社会から疎外される主人公と連帯者(例えば「ジョーン・Bの夏」における分身)は、〈樹村みのり〉サイドの価値観を共有している。
 例えば「跳べない跳び箱」(=71)において、この〈側〉=サイド概念は、卓抜した物語構築装置となっている。作品の扉表紙に主人公と同じ「側」の子供達に向けて・・・という欄外注記(*1)があることに気をつけよう。あるいは、「贈り物」における浮浪者と贈り物を受け取った主人公たちは、同じ〈側〉にいる者なのである。
 こうした連帯を見逃した竹内オサムは、連作タイトル<光へむかう風・海へむかう流れ>の後半、〈海に…〉をうまく解釈できていない。そのタイトル後半は〈他者と連帯する根〉をもつことを意味しているのだろう。実は、竹内の言うように、前半の〈光へむかう風〉の中で光と風が対立しているのでは、ない。この〈光へむかう風〉は、社会的な通念への没入(例えばニザンの『アントワーヌ・ブロワイエ』の惨めな生におけるそれ)を、超えていくことを指し示している。もし見田宗介/真木悠介にならうことが許されるのならば、〈光へむかう風・海へむかう流れ〉とは見田/真木の「翼を持つこと・根を持つこと」(*2)の別の表現と言えるであろう。

(*1)古本屋に三十年前、処分してしまった。
(*2)真木悠介、1977、『気流の鳴る音』筑摩書房。

2011/1/6
 私から離れて、〈分身〉におくこともまた、樹村みのりの好む技法であった。それにおいて、かつての「想い」が、すでに失った分身のものと重なる。もちろんここで言う分身とは、ドッペルゲンガーのみを指すのではなく、作中登場人物と同じ〈側〉に立つ者のことである。
 そのように仮定して、樹村みのりの好むアーレントの思想に照らし合わせてみよう。例えば政治の行為の領域が大衆社会化され、経済の労働の領域によって、社会が画一化されることに、警鐘を鳴らすアーレントは、〈他者との関わり〉をどのように把握していたであろうか。画一化は彼女にとって、個体性の抹消として捉えられる。それは、人間の複数性と対話性の抑圧を意味していた。アーレントならば、「わたしたち」が何かを始めるとき、日常を超える高みを目指せと、言うだろう。
 この他者の複数性と対話性とが、最大限に発揮される「始まり」が紡がれるのは、他者との間(インター・エッセ)においてである。そして、そうした始まりとは、公的自由が実現される端緒とされる。桂木隆夫は、こうして作り上げられていく、アーレントが考える共同体を、――他者を手段として認めず、他者の存在自体を肯定するという意味において、――「他者に対して開かれた共同体」と呼ぶ(*1)。周知のように、アーレントは等質な言論空間しか認めぬ同化主義に反対してきた。しかも、そのアンチテーゼを打ち出した人物として理解されてきた。
 だから公共空間は、他者に対する「完全な期待をあきらめることによって生じる空間」、言わばズレによって生じる空間なのである。 ズレとは、他者との言論の摩擦において顕在化する。アーレントは、言論の場たるポリスをモデルに公共論を構想したのだった。つまり彼女において、代々受け継がれる記憶の担い手のモデルが、古代ポリスであった。「政治的であるということはポリスで生活することであり、ポリスで生活することは、すべてが力と暴力によらず、言葉と説得によって決定されるという意味であった」(*2)。
 ただしアーレントが「歴史の出来事を冷静に見る「注視者」ないし「観察者」の立場」を取り(ベイナーの解釈)、もしズレがあるにもかかわらず、中立的な視点を取っていたならば、逆に彼女の立場は審判者の立場に変質するだろう。つまり出発点における多元主義にかかわらず、アーレントの私は審判者を僭称して、価値判断の中心に立つ。
 とすれば、最初のスタンスに反して、アーレントの言説における、「「記憶の共同体」への自らの有限性・可死性を忘却・隠蔽したままでの不死性の獲得のためという他律的な政治的一体化」(*3)は、いっしゅの全体主義(私の中心性)の可能性を含んでいる・・・のではないだろうか。
 例えばアイヒマンの生涯を規定してきた職務専念義務への励行に対して、アーレントは断罪する。すなわち「政治とは子供の遊び場ではない」という結果倫理の立場から「政治においては服従と支持は同じものなのだ」と判決を下す。アーレントは、――Xが、普遍者の符牒であるとして――審判者Xである。

(*1) 桂木隆夫、2005、『公共哲学とはなんだろう』勁草書房、45ページ以下。
(*2) Hannah Arendt,1958,Human Conditon,Chicago:The University of Chicago Press,p.26。
(*3) 久保紀生、2007、『ハンナ・アーレント 公共性と共通感覚』北樹出版、107ページからの引用。


パンダのホームページ
ほんなら・・・ほんでも
笹生那実さんのお部屋
neko's Page

トップページへもどる