教養演習
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 残念なことに、非常に問題のある教科書『新 知のツールボックス』2018,専修大学出版局が採択されてしまいました。説明不足や不親切なところが多いので、HPで修正してゆきます。
 まずは教材をダウンロードしてください。kyouyou.pdf へのリンク
 以下のリンクで発展学習をしてください。思考の論理的形式、法と論理
文中youtubeのリンクが張ってあるところがあります。著作権についてはyoutubeが管理しているものと判断して、それに係わる責任については一切負いません。なおリンクがうまく接続しなかった場合、IEの[表示]→[最新の情報に更新]をクリックしてください。
 

1.レクリエーション:クイズ二十の扉

ライン・アドレス交換


2.大学での勉強はこうなっている・話を聴き、ノートをとる

教科書2~6ページを読むこと。https://www.osu.ac.jp/annai/haitizu.html
https://www.osu.ac.jp/annai/movie/


13ページのような、高圧的な講義は辟易するので、こころの哲学、第一回より。

「「哲学3.14」は、ヒュームの『人性論』*をもとにした哲学の入門書である。3.14と銘打ったこの本は、非哲学的知を反面教師として、哲学を知ってもらおうという意図で書かれた。3.14と言えば円周率の近似値であり、ゆとり教育で円周率3と教えられてきたという文脈で、一時期話題になった(旧聞に属するが)。円周率3に比べ、3.14はより「正確」であると考えられるかもしれない。それゆえ読者のなかには「哲学3」というものがあるとして、「哲学3.14」が、それより高度な哲学である、と期待する向きがあるかもしれない。しかしそうではないのである。3.14という近似は、円周率が無理数であることを素どおりしている。また超越数(有理数を係数としてもった代数方程式の解とならない数)であることについても、無頓着でしかない。しかも、円周率を近似値的に無限級数で求める努力すら放棄している(無限回計算をすればよいのであるが、さまざまな方法があることや収束の速度に優劣があることなど)。さらに言えば、円周率に7が十回続けて現われることを、人類はいまだ知らないが、この先、計算を続けていったとして、それを知る(そんなことができるか?)前に「十回続くか、続かないかのいずれか、あらかじめ決まっているかどうか」という類の基本的問題も、3.14という近似に対応した思考にとっては、その射程外にある。
 つまり「哲学3.14」は、「哲学3」と、さほど変わりがない非哲学的な思索にとどまっている。著者の筆運びは、はなはだ千鳥足であり、(ヒューム的)観念論と(大森的)実在論とのあいだで、多分に「人生論的決定」に左右され、さまよっている。両者を論理によって架橋する努力がなされていない。裏返して言えば、論理が欠如している。だから、これが「哲学の見本」ですよ、と太鼓判を押せない。論理の欠如は哲学にとって、致命的な欠陥であるから、非哲学的と言っているである。
 しかし「哲学3」のレベルよりは、いかほどかの「上昇」の望みを託している。何が哲学的でないかを学ぶことは、遠回りながら、哲学への一つの道だからである。最近は哲学的談話のなかで「善」という価値を積極的に考究しないような風潮、もしくはやみくもに、何でもいいから考えていたら哲学的と見る傾向もあるようである。そういう流行を頭から否定するわけではないが、少なくとも基本的な価値判断を放り出すような行為は、できるだけ避けてゆきたいものである。
 先取りすれば、ゆるい流れであるが、観念論から実在論へという方向で、ヒューム的観念論から大森的実在論?へとかじを切っている。どうか私の理解する大森哲学が――それが観念論であるという通説とは異なり――実在論の「極北」に位置することを、心して読み取っていただきたい。論理的根拠がないのに主張する独断的な物言いを、決定と呼ぼう。だから「人生論的決定」とは、人生観にしたがって決定することを言う。生き方が大森実在論の「かなめ」を占めるならば、そして、生き方に由来する「人生論的決定」が迫真力をもっているとしたら、それをかたどる「哲学3.14」では、論理的整合性は脇に置かれる。「哲学3.14」とは反哲学的断章のことなのである。
さらに言えば、現在、哲学の主戦闘は、観念論対実在論ではなく、現実性対可能性という戦場で繰り広げられているようにも思える。もう少し正確に言えば、言語に汚染されていない現実的なものを端的に認めるか、言語的処理にかかわり他の人とも比較可能なクオリア(感情・知覚の実質みたいなもの)*を想定するかの対立である。この本が、その議論の前に問題となる、観念論対実在論の考察となれば幸いである。ただし、ここで言う実在論とは、素朴実在論・科学的実在論とは関係のない、実在の信?とでもいったものである・そしてそれを実在論の「極北」と考えているのだが。その輪郭について示唆することができたら、望外の喜びである」。

〔課題〕ノートにとってみよう。
1.レクチャーの大事な要点。
2.語句や事項の説明部分。
3.実例や比較によって、1の要点を説明している部分。
4.学生間でノートを交換し、点検してみよう。

1.哲学3.14:哲学3よりずっと高度な哲学入門ではない。→哲学入門であることはたしか。ex.ヒュームの『人性論』をお手本。
 とはいえ、それは基本的な問題をちゃんと考えたいという趣旨で書かれている。→基本的価値判断をとり上げる。ex善という価値。
 実際、観念論から実在論への転換という高度な内容にも触れている。ref.大森実在論
 さらに、その先に広がる、現実性vs.可能性という哲学の主戦場の準備段階をしつらえている。?!
 

:   主語と述語。事項とその解説。
ex.  例示。example
ref.  とくに参照。比較せよ。refer
←  根拠・もしくは論理的連関。
vs.  背反・両立困難。versus
?!  話が見えない。質問に行こう。

2.「哲学3.14」は、「哲学3」と、さほど変わりがない非哲学的な思索にとどまっている。「人生論的決定」とは、人生観にしたがって決定することを言う。
→人生論的決定に従う哲学3.14は論理的ではないので、高等な哲学書ではない。

3.「哲学3.14」が、高等な哲学入門書でない比喩的例示。
・3.14という近似は、円周率が無理数であることを素どおりしている。
・超越数(有理数を係数としてもった代数方程式の解とならない数)であることについても、無頓着でしかない。
・円周率を近似値的に無限級数で求める努力すら放棄している(無限回計算をすればよいのであるが、さまざまな方法があることや収束の速度に優劣があることなど)。さらに言えば、円周率に7が十回続けて現われることを、人類はいまだ知らないが、この先、計算を続けていったとして、それを知る(そんなことができるか?)前に「十回続くか、続かないかのいずれか、あらかじめ決まっているかどうか」という類の基本的問題も、3.14という近似に対応した思考レベルの射程外にある。

⇔それに対応して、「著者の筆運びは、はなはだ千鳥足であり、(ヒューム的)観念論と(大森的)実在論とのあいだで、多分に「人生論的決定」に左右され、さまよっている。両者を論理によって架橋する努力がなされていない。裏返して言えば、論理が欠如している」。

3..自分で調べる

教科書37~41ページを読むこと。wikiにはウソが載っていること。

■単に辞書を引くだけでは分からないことを主張の根拠にする場合、インターネットを引く。引用にさいしては、細心の注意が必要である。→著者、出版年、書名、出版社、ページ数を明記する必要。インターネットの場合はURL/閲覧日。
 インターネットに書かれていることは、
六割は嘘というぐらいの心構えでいた方がよい。必ず元の資料にあたって、裏を取ることが必要。
 ex.wikipediaではバークリという哲学者を紹介するさい、esse est percipiという表現を使っているが、正しくは原文では、esse is percipiである。前者は「存在は知覚される」に対して、後者は「存在とは知覚されることである」を意味する。意味的に自明な前者ではなく、後者を表現したいなら、どうしてもisでなくてはならない。アメリカの大学で島原の乱に関する誤答が頻出したのはwikiのせいだという。

〔資料〕George Berkeley,1949(←1734,17101)A Treatise concerning the Principles of Human Knowledge,Thomas Nelson and Sons Ltd.,PartⅠsection3.
For,as to what is said of the absolute existence of unthinking things without any relation to their being perceived,that seems perfectly unintelligible.
Their esse is percipi,nor is it possible they should have any existence,out of the minds or thinking things which perceive them.

図書館の使い方・・・開館日

https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-867.php
2. 資料の探し方
2-1. 読みたい資料が決まっている場合
まずお近くの市区町村立図書館や、大学図書館や専門図書館など所属機関の図書館を探してください。 お近くの図書館にない場合、都道府県立図書館や国立国会図書館から本や複写物をお近くの図書館に取寄せできるサービスがありますので、 各図書館にご相談ください。
各図書館のウェブサイトで所蔵検索が可能であるほか、国立国会図書館サーチなど、複数の図書館の蔵書を一度に検索できるサービスがあります。 詳しくは調べ方案内「国立国会図書館以外の所蔵館の探し方」をご参照ください。
国立国会図書館の所蔵は、蔵書検索システム国立国会図書館オンラインから検索します。 検索の方法については、調べ方案内「国立国会図書館の資料の探し方・使い方」 をご参照ください。
大学図書館の所蔵は、CiNii Books(国立情報学研究所)(http://ci.nii.ac.jp/books/)で検索します。調べ方案内「記事・論文の探し方」 もご参照ください。
専門図書館の所蔵は各図書館のウェブサイトを確認してください。
2-2. 読みたい資料が決まっていない場合
読みたい資料が決まっていない場合は、公共図書館や大学図書館の閲覧室で書架を通覧するほか、2-1. 読みたい資料が決まっている場合で挙げたデータベースをキーワードで検索する方法が有効です。
書評を参考に探すこともできます。 調べ方案内「書評(国内)の探し方・見つけ方」 もご参照ください。
また多くの図書館が日々の業務の中で蓄積した、調べものに役立つ情報をインターネットで提供しています。国立国会図書館では以下のようなサービスを提供しています。
調べ方案内
国立国会図書館職員が日々の業務の中で蓄積した、特定テーマ(トピック)の調べものに役立つ資料や調べ方のノウハウを提供しています。
公共図書館パスファインダーリンク集
全国の都道府県立、政令指定都市立図書館がWeb上に公開しているパスファインダー(特定のテーマに関する文献、情報の探し方・調べ方の案内)を集めたものです。
レファレンス協同データベース
国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築する調べ物のための検索サービスです。参加館の質問・回答サービスの事例、調べ方、コレクション情報など調査に役立つ情報を公開しています。
調べ方がわからない場合、資料が見つからない時は、職員に相談して、探し方や利用できる資料、ウェブサイト等を調べてもらうことができます。
市区町村立図書館や大学図書館で解決できない場合、都道府県立図書館や国立国会図書館と連携する仕組みがありますので、まずお近くの図書館にご相談していただくことをおすすめします。
国立国会図書館に依頼する場合は、図書館を通じてお申込みください。詳細はレファレンス・資料案内をご参照ください。

学術雑誌の検索https://ci.nii.ac.jp/

図書一般(ISBN)の検索http://webcatplus.nii.ac.jp/

グーグルスカラーhttps://scholar.google.co.jp/

レサーチマップhttps://researchmap.jp/index.php?action=pages_view_main

岡山県立図書館http://www.libnet.pref.okayama.jp/  ストリートヴュー

〔課題〕OPACを用い、商大図書館から本「芦部信喜 憲法」を検索しよう。2-1ワーク4

〔課題〕Webcat Plusを用い、商大図書館から「公共性」に関連する本を検索しよう。2-1ワーク6

〔課題〕文献カードを作ろう。
1.基本四項目(著者名・タイトル・出版社名・発行年)。
2.目次を写そう。
3.はじめに・・・からキーワードを拾おう。およそ「はじめに」ほど、著者の本音が出ている所はない、と考えてよい。また、あとがきの解説が役立つこともある(外国人の著作の場合)。
注:著者のプロフィールなど書き写す必要はありません。教科書52ページを無視しよう。

 

4.図書館オリエンテーション 

5.判例検索 業者の指導により、判例検索を学ぶ

〔課題〕TKCローライブラリーを用い、「政教分離」に関連する判例を検索しよう。

判例検索の仕方https://www.tkc.jp/law/lawlibrary
https://www.lawlibrary.jp/Law/LoginForm.aspx

〔課題〕記事カードを作ろう。教科書では、字数を水増しするために、文献カードと区別してあるが、基本は同じです。

書誌事情として、巻号・ページ数が必要になります。

法律に関するHPhttp://www.libnet.pref.okayama.jp/refa/shirabemonolink.htm#houritsu

6.統計資料の読解(東大寺学園中学校1971年度の入試問題を含む)

   事業所数(事業所)  従事者数(人)  年間製造出荷額(百万円)  年間投資額(百万円)
 平成15年  27,227  544,686  15,544,946  340,590
    16年  24,822  530,407  15,961,123  459,612
    17年  25,454  526,216  16,301,874  499,548
    18年  23,564  517,935  16.647,826  422,179
    19年   23,553  532,460  17,961,504  500,285
     20年  24,188  525,955  18,086,194  468,092

上の表から以下が言えない理由を答えなさい。
1.平成16年から平成18年までのうち、従業者1人当たりの年間製造品出荷額が最も少ないのは平成17年である。
2.平成16年から平成19年までのうち、年間投資額の対前年増加率が最も大きいのは平成19年である。
3.平成17年における事業所数を100とすると、平成19年における事業所数の指数は90を下回っている。
4.平成18年から平成20年までの3か年の年間製造品出荷額の平均は、平成15年の年間製造品出荷額の1.15倍を上回っている。

〔問い〕雑誌社は選挙の事前に、有権者から折り込みはがきで選挙動静の調査を行った。しかしながら、帰ってきたはがきの、勢力分布とは全く異なる選挙結果となった。どのような理由が考えられるか。

〔問い〕野矢茂樹『新版 論理トレーニング』課題問題5、問6をやること。

7.8.統計資料の読解(実習)

〔問い〕知のツールボックス 2-4ワーク1~8

9.インターネットで調べる

教科書59~63ページを読むこと。インターネットで発表課題を検索してみよう。 ボヤキ:教科書採択するなら、活用できるように、せめて新聞のデータベースぐらい、図書館に入れてもらいたいものだ。学生諸君、大学に要求しよう。
以下の課題より、選びなさい。課題として、扱う以上、学的なとり扱いが必要であるのは、論を待ちません。ちゃんとレポートの様式にのとってもらいます。
〇「赤毛のアン」と女性の社会進出
〇法に残る男女差別
〇国際法と東京裁判
〇サブカルチャーと中世の説話文学
〇AIのもつ法的問題
〇人造人間と科学の倫理
〇エンハンスメントとパラリンピック
〇相撲における男女差別について
〇戦争における倫理性
〇「千と千尋の神隠し」における東洋的傾向
〇自動車のこれからのあり方
〇絶滅危惧種は絶滅するまま、放置すべきか
〇オリンピックの招致問題
〇睡眠はどのようにとるべきか
〇喫煙と愚行権
〇手塚治虫がなしえなかったこと
〇減量の方法
〇タトーと異文化理解
〇夏目漱石と日本の自然観
〇騎馬民族学説
〇邪馬台国はどこにあったか
〇自分の理想的な終末期

インターネット利用の注意
・出典のURLを必ず書こう。そしてスマホのお気に入りに登録しよう(教科書67-68ページ)。
・丸写しは犯罪。必ず引用符号で括って、引用であることを明記しよう。 

10.茶話会

11..接続関係

【例示と解説】
★例示は具体例による解説、もしくは論証を示す。その接続関係を示すものとして「例えば」が典型的である。この接続詞で結ばれる「A例えばB」はAが概説であるのに対し、Bは例示の関係にある。具体例は、あることがらを論証するための根拠に、用いられる場合もある。
 ex.惑星は衛星よりも半径が大きいとは限らない。例えば木星の衛星のガニメデは水星より半径が大きい。←この場合はれっきとした根拠になっている。
 
存在文「Sの中にPであるものが存在する」、もしくは「Sの中にはPでないものが存在する」(「すべてのSはPだ」の否定)の根拠には、例示が使われる。同じことだが、「すべてのSはPだ」を否定するためには例示が用いられる。これを反例と言う。

〔問い〕「O型のひとは気前がいい」ということを反駁するための例示を挙げよ。「O型のひとは気前がいいが、軽率である」ということを反駁するための例示を三つ挙げよ。

〔問い〕「ロボットは心がない」ということを反駁するための例示を挙げよ。ちなみに最近の機能主義的随伴現象説では、ロボットは意識をもちうるとされる。つまりソフト・シュミレーション内のキャラクターSIMは意識をもつという説がある。(ロボットには、心があるというのは、O氏のN氏に対する反撥からかなあ?)

★解説はまとめ、敷衍・言い換えであって、今までと全く新しい議論を始めるわけではないとき用いられる。「すなわち」「つまり」が、その接続関係を示すものとして、代表的なものである。解説〔主張の意味を分かりやすく噛み砕く〕・根拠〔主張の理由を提示する〕は、文章中でまとまり・補強を与える働きをする車の動輪である。
★車の方向転換をするのが、付加・転換ということになるだろうか。

 例示が入るときA・Bは「A例えばB」の順序しかならない。「例えば」が入るかチェックするとき、「B例えばA」と書いてみて、おかしいなら、「例えば」が入る可能性が高い。それに対して解説が入るときAをBで言い換えても筋が通るはずである。したがって「BすなわちA」と書いてみて、おかしくないないなら、「すなわち」が入る可能性が高い。

例:S地区出身の学生は奨学金をもらえる可能性がある。奨学金志願者が少ないほど、彼女(/彼)は、奨学金をもらえる可能性は高い。したがって【根拠】「福利」の観点から言えば、奨学金を得ようと、同郷者と争っているとして、でしゃばった自己推薦をD、控えめな自己推薦をCとしたとき、同郷者もでしゃばると、頭割りの奨学金の期待値は少なくなる。もちろん自分が抑制的だとしても、できるなら相手にはでしゃばらないで欲しいから【根拠】、彼女(/彼)の選好順序は以下のようになる。DC>DD>CC>CD。
 ここで特別面談制度ができる場合を考察に加えよう。この特別面談制度で自己推薦すると、奨学金をもらえる確率が高くなる。とはいえ、特別面談制度はアングラマネーと関与している、S地区の有力代議士T氏を窓口とする。このとき、「主体性」の観点から言えば、CC>CD>DC>DDとなる(行為の主体であるからこそ価値にコミットする、「価値合理的な目的合理主義者」が協調的な価値観をもつ場合)。すなわち【解説】、自分にとって同郷者が抑制的であることが最も選好されるだろう。というのも【根拠】、奨学資金制度を悪い噂から遠ざけよう、という協調的「主体的」理由から言えば、抑制し合うことは自分にとって望ましい、と思われるからである。ただし非協調的「主体的」理由から言えば、醜聞に晒されるだけ競争者が脱落するから、あえてでしゃばることになる。容易に推察されるように、「主体性」の観点から、あえて裏切り合い・出し抜きに向かう場合もある。

【根拠】・・・つまり
解説と紛らわしい場合もある。
 ex.雄太は18歳だし、千尋は16歳だ。つまり、もう法的に結婚してよいというわけだ。
〔問い〕次の二つの文の意味のちがいを説明せよ。
①金があるので遊びに行ったのだろう。
②金があるから遊びに行ったのだろう。
「~から」原因・理由を表す。
 前件を受けて、後件に話し手の断言・命令・意志など主観性の強い表現がくることが多い。
   例・ほしい―買ったんだ
     ・むずかしい―できっこないよ
〔問い〕野矢茂樹『新版 論理トレーニング』19ページ。例題1、21ページ例題2を解くこと。

【付加】

 付加「そして」は、ほとんど、どんな場合でも順接に使える。ということは、文脈をはっきりさせるために「そして」はできるだけ使わない方がよい。「そして」を多用する文章は悪文である。

・「今日は仏滅でない。むしろ結婚式には好ましい」(仏滅には普通結婚式を避けます)A(今日は仏滅の日である)またはC(今日は仏滅より縁起のいい日である)、Aでない、故にCならばB(結婚式には好ましい)、よってAでなく(むしろ)Bである。
 答え AまたはC、Aでない、故にCならばB、よってAでなく(むしろ)Bである
※注意:仏滅でなくても赤口だったら最悪のように思えるかもしれない。しかし赤口は正午のみ吉の日です。正午に結婚式を挙げるのならよいのでは・・・。いずれにいせよ・・・わたし達が結婚したのは先負だったんです。ですけど夫婦円満ですよ!(^^)!。
・「今日は誕生日だ。しかも両親の結婚記念日だ」(誕生日はめでたいものと仮定しましょう)。今日が誕生日(A)ならばめでたい(C)。今日が両親の結婚記念日(B)ならばなお、一層めでたい(C)
 答え AならばC、Bならば一層C、故にAかつ(しかも)Bこれを累加と言う。

接続の構造:教科書に準拠して次の略号を用いることにする。ちなみに『新・知のツールボックス』では、主張の明確化の手立てとして、敷衍・例解・比較・対比・限定が挙げられている(82ページ)。・・・例示は「解答」を与えることに限定されない。答えの手前の「根拠」であったりする。したがって、例解という表現を避けたい。
解説    A=B
根拠    A→B/A←B
例示    A例えばB
付加    A+B
転換    AしかしB
補足    AただしB

★【転換と補足】
「AしかしB」「AただしB」どちらも逆接・・・「AしかしB」で言いたいのはB(話の本線はB)。「AただしB」で言いたいのはA(話の本線はA)。

〔問い〕以下の四つの表現を区別せよ。それぞれの前提を明らかにせよ。
・この宝石は美しい。しかし高すぎる。
・この宝石は安っぽい。しかし高い。
・この宝石は高い。しかし安っぽい。
・この宝石は美しい。ただし高すぎる。

12~14.文章の読解 

〔資料〕高田瑞穂、2009『新釈 現代文』筑摩書房・赤紫補足。
 私の〔言いたい〕「たった一つのこと」とは、入試現代文という断片的な表現に関する方法なのです。そしてそれは、一言にして言えば「追跡」ということです。どこどこまでも筆者を追跡するという方法です。われわれの前に一個の文章が置かれ、その最初の文字が目に映った瞬間から、活溌な問題意識と、生き生きした内面的運動感覚によって、筆者のことばを追跡することです。筆者は一体どんな問題を【意味】、どのように説くのであろうか【理由】。私は一体、「どこからどこへ」連れてゆかれるのであろうか。出発した以上、もうわれわれは恐れたり、引き返したりは出来ません。どこへでも、どこまでも、筆者とともに行くほかありません。その文の最後の一行の終わるところまで。そしてその文の終わったところで、無論われわれも立ち止まります。そして静かに、自分の位置を、自分の前後左右を、自分に近い過去と未来を見渡すのです。

 国語の教科書に出てきた評論では、「作者」の心情・真意を探ることが要求された。大学の専門的文章でも、それがなにをかを伝えようとするものであるかぎり、作者の真意を探ることが第一の課題だろう。主張とは、つまるところ作者の考えであり、その考えを追体験しながら、理解することが文章読解の基本である。したがって、教科書に背いて、以下ではとくに評論・伊藤整著『改訂 文学入門』を読んでゆくことにする。
 なお若干の注意:はっきり言って、文系の著作の方が、理系の著作よりとっつきやすい。源氏物語の原文を読める高校生がいてもおかしくないが、超弦理論の論文を読める高校生はざらにいるまい。つまり文系、とくに文学関係の本は、一般的知識を駆使すれば、まだどうにか読める代物であるが、理系やそれに類する専門書は、大学一年生の段階で深入りしない方が良い。もちろん、(●哲学入門のような悪書を除いて)一般向けの新書が多読には向いているだろうが。
 とくに『文学入門』についての思い出を言えば、大学の天文学の実習を受けながら、ながら読みをしていた友人がいたほどである。とはいうものの、作者の主張を解読する素材としては、いたずらに易しくも、難しくもなく、格好である。

■教科書の第3章4の説明は、ポイントがズレテイルと思われるので、あえて解説しておく。weber.pdf へのリンク
重畳を厭わず、引用しておく。記憶が正しければ、この文章は丸山尚士氏のヴェーバー擁護論からとったものである。
 「ヴェーバーがこの論文を書いたときに、既に公表されていたとはいえ、ごく一部の専門家だけが入手しえた資料を参照していなかったという事実は、必ずしもこの論文に学問的な業績として致命的な欠陥があるということを意味しない」。
 もちろん文章の骨格は重要である。 つまり「ヴェーバーが、資料を参照していなかった事実は、
「致命的な欠陥があることを意味しない」」。
 教科書では「欠陥があることを意味しない」と書かれているが、ここで注意すべきなのは「致命的な欠陥があることを意味する」かどうかなのではないか。
 たしかに教科書でも間違っていないようにも、見える(ごく一部しか入手しえないのなら、ヴェーバーが参照していずとも、欠陥はなさそうだなあ?)が、致命的な欠陥の有無が問題なのである。
 一応、話を単純にするために、「ヴェーバーがこの論文を書いたときに、既に公表されていたとはいえ、ごく一部の専門家だけが入手しえた資料を参照していなかった」ことは正しいとしておく。
 ①そうであったとしても、――『コリントⅠ』七・二○の論証における軽重という見地に立つのなら、――ルターがberuff(Beruf)ではなく、ruffという語を職業の訳として採用していることに、ヴェーバーが参照要求していない点を、考慮せねばなるまい。学問的手続きとして「ヴェーバーが、〔重要な箇所で、〕資料の参照を要求していなかった事実は、
「致命的な欠陥があることを意味しない」という立論自体が、問題含みであることを示唆する(立論が誤りでありうると、想像することもできるということ)。問題箇所に対して、批判的な読みをするためには、ここでは絶対「致命的という形容詞」を省いた読解をしてはならない。論の正否をまじろがせる複雑な修飾関係に対して、繊細な注意を払うべきである。
 ②仮に「ヴェーバーが、資料を参照していなかった事実は、
「致命的な欠陥があることを意味しない」としよう。それでも、このことから、ヴェーバーに致命的な欠点がないことにはならない。実際、ヴェーバーのフランクリンの精神をめぐる議論に対しては、反論が百出している。資料を参照していなかったことが関わるのは、Berufの訳語の部分であり、引用文のように、そのことが致命的な欠陥を意味していなかったとしても、ちがう部分で致命的な欠陥を抱えていることは、ありうるのである。(意味すると存在するの違い)ここでも省略することが、肝心の部分の読み落としにつながってしまう。
itou1.pdf へのリンク
itou2.pdf へのリンク
itou3.pdf へのリンク

野矢茂樹・考えるということ考える力を身につけるため

15.読書ノートからレポートへ
87~90ページ。
①基本四事項をまとめる。
②その論文・著作の基本コンセプトをまとめる。
③論証の組み立てを書きとめる。そのさいページ数を明記する。文献引用の仕方は、167-169ページ。→引用
④引用したい文を書きうつす。
注:どのページにも空白を残す。必要なコピーは保存する。

A4ワープロ、1600字程度でレポートを書いてくる。

16~18.論理的に考える

 定評ある野矢茂樹著 『新版 論理トレーニング』に準拠するなら手間が省けるのに、この教科書には、つっこみどころ満載である。口頭で欠陥を指摘するとして、改作した問題を解いてゆこう。 

〔問い〕「地面が濡れている」として、「先ほど雨が降った」とは異なる仮説を作ってみよ。また「先ほど雨が降った」を根拠に、「地面が濡れている」と主張できるか、検討してみよ。教科書98ページは間違っている。

〔問い〕「酒場「悲の器」は交歓会に適している」という仮説形成(推測)を支持する論拠をできるだけたくさん作りなさい。

〔問い〕キリギリスはひと月働くと3000ドルもらえる。ではキリギリスの年収は、優に3万ドルをくだらない、と言えるか。

〔問い〕ドーナッツ店に足繁く通っていた、大学生のX子さん、Y子さんたちは、生理不順に見舞われた。ということは、ドーナッツが生理不順の原因と言えるか。若い子の生活パターンを考慮して、別の因果関係を考えよ。

〔問い〕テレビは社会のモラルを荒廃させている。どの番組も暴力や利己主義や不法行為を描いている――現実の世の中を見れば、まさにそのとおりではないか! テレビの内容以外の、社会のモラル荒廃の原因として、どのようなものが考えられるか[→アンソニー・ウェストン著/古草秀子訳、2005、『論理的に書くためのルールブック』PHP研究所、77ページ]。

〔問い〕
①すべての倫理学者は倫理的である、の否定を作れ。
②或る倫理学者は倫理的である、の否定を作れ。
③すべての日本人は白人でない、と同じ主張をすべての白人を主語にして述べよ。
④或る食品は危険物である、と同じ主張をある危険物を主語にして述べよ。

〔問い〕
①美しい人は、早死にする(佳人薄命)、の否定を作れ。
②倫理学者は、態度がでかい、の否定を作れ。
③努力は、必ずしも報われない、の否定を作れ。

〔宿題〕すべての京風雑煮はカツオだしではない。京風雑煮の中には、くわいの入っているものがある。或るくわいの入っている京風雑煮にはカツオだしでないものがある。正しい推論かベン図で確かめよ。

参考・・・×がH.K.さんである

〔問い〕×がAさんのとき
(1)Aさんは独身ですか。
(2) Aさんは仮面ライダーのファンですか。
(3)Aさんは大学生ですか。
(4) Aさんは配偶者はいますか。
(5) AさんはOLですか。

■逆・裏・対偶
逆・裏は必ずしも真でない。「ペンギンは海を泳げる」の
逆:「海を泳げるならばペンギンである」は偽
裏:「ペンギンでなければ海を泳げない」は偽
対偶:「海を泳げなければペンギンでない」は真
※注意:逆の逆、裏の裏、対偶の対偶はもとの命題に戻る。
※注意:もとの命題と対偶の真偽は一致する。たまたま逆・裏の真偽がもとの命題と一致することはある。ex.三角形は3辺をもつ多角形である。逆:3辺をもつ多角形は三角形である。裏:三角形でなければ3辺をもたない。

 条件構造をもつ命題だけが、逆・裏・対偶を作れる→存在文は逆・裏・対偶を作れない。

ペンギンはすべて寒流を泳ぐ、というわけではない。=ペンギンの中には寒流を泳がないものがいる。・・・こうした文章には条件構造は認められない。

〔問い〕「信号機が赤ならば進んでいけない」の逆・裏・対偶を述べよ(便宜上、先と紛らわしいが、「信号機が赤」を命題Aと置き、「進んでいけない」を命題Bと置く)。便宜的に、「止まれ」の黄も進むことを許容していないものと解しておく。

〔問い〕「文系の人は論理に弱い。O教授は論理に弱い。ゆえにO教授は文系である。」という推論が誤っている理由を挙げなさい。

〔問い〕「日本においては、犯罪の件数は増加している」「犯罪の件数が増加しているなら、社会的不安は増す一方である」「日本においては、社会的不安は増す一方である」の前提、結論を検討し、この推論の正しさを検証せよ。

〔問い〕「単位を修得しているなら、履修登録している」の逆は正しいか。

〔問い〕「インフレならば、物価が上がる。アベノミクスが成功しているならば、インフレである。物価が上がるなら、アベノミクスが成功している。」という推論が誤っている理由を挙げなさい。

 対偶は、もとの命題と真偽が一蓮托生である→対偶をチェックして偽ならば、もとの条件法は偽である。

〔問い〕「魚でないならクジラでない」は正しいか。対偶を作り、チェックしなさい。⇔対偶「クジラは魚である」

〔問い〕「結婚していないなら未亡人である」は正しいか。対偶を作り、チェックしなさい。⇔対偶「未亡人でないなら結婚している」(男やもめは結婚しているだろうか?)

メアリーはジョンのいる時だけ、ピアノを弾く。
・・・ピアノを弾いているなら、ジョンのいる時です。しかしジョンがいても、メアリーはピアノを弾く代わりに、トランプをしていたとしても、「メアリーはジョンのいる時だけ、ピアノを弾く」と矛盾しません。したがって「ジョンがいるならメアリーはピアノを弾く」という条件法は成り立たず、逆に「メアリーがピアノを弾くならジョンがいる時である」という条件法が成立するでしょう。

〔問い〕「メアリーはジョンのいるときだけピアノを弾く」は、「ジョンがいるならメアリーはピアノを弾く」と同じことか。

〔問い〕あるレコード会社のサイトで「アンケートに答えてくれた方のみ、弊社所属のアーティストによる限定版CDを販売いたします」との告知があった。アンケートに答えたある人XがインターネットでそのCDの購入を申し込んだところ、「販売できない」との返信があり「詐欺だ」と腹を立てた。この人は腹を立てているが、詐欺として訴える理由にならないことを論理的な観点から指摘せよ。またこの人が腹を立てても仕方がない面があるとすると、レコード会社の対応のどのような点が不適切だからなのかを述べなさい。

19.君たちはこんな論理を教わるのは不幸だ!

 まあ、この教科書の一番、噴飯ものなのは、同一性・個体を扱った123~127ページである。
 個体とは何か、という基本的な問題を設定していないので、消化不良を起こすことが考えられる。例えば赤穂浪士は、集合としても、個体としても扱える。したがって大石内蔵助∈赤穂浪士、赤穂浪士∈47人グループ、ゆえに大石内蔵助∈47人グループは成り立たぬという、分かりにくい説明がなされている。しかし、赤穂浪士も、47人グループも集合として扱うことが可能である。大石内蔵助は赤穂浪士に属する、赤穂浪士は47人グループに属する、ゆえに大石内蔵助は47人グループに属すると素直に考えられる。
 また、教科書の議論が不親切なのは、論議領界を説明していないので、同一性命題の定義が難しい点である。「富士山は日本一の山である」という個体-性質関係と普通見なされる文章でも、論議領界を「日本一の山を富士山と呼ぶ」可能世界とすれば、(つまり、日本一の都市がエヴァのように〔第三〕東京なわけだ)「富士山は日本一の山である」は同一性を示しているであろう。
 ちなみに第四章ワーク11の②の答えがわからない。普通に考えれば、アウシュヴィッツ:個体 人類の最大の犯罪:集合なのだが、あとの集合は定義的に一つの個体しか含まないと考えられる。つまり、アウシュヴィッツを「人類の最大の犯罪」と捉える可能世界で、一種の同一性の関係として考えているのだろうか。(広島・長崎を含む日本への空襲はどうなのだろう?単に死者の数が問題なのか。)
同一性・個体は解釈によって変わりうる。教科書が説明しているように、同一性の定義と、個体-性質関係と、集合の包含関係との区別はそれほど自明でない。教科書は鵜呑みにできない。kyouyou.pdf へのリンク

20.ブレインストーミング
一、死刑賛成・反対の立場から「建設的批判」を試みよ。
二、昔話法廷についてディスカッションを行え。
三つのステップを踏むことが望ましい。

立論(A)・・・あることを主張し、それに対して論証を与えること。
批判・・・ みずから自分の立論の論証部に対して反論すること。
異論(A)・・・みずからの批判と対立するような主張を立論すること。
例:死刑賛成派(野矢茂樹、2006、『新版 論理トレーニング』産業図書改変)
死刑賛成の立論:死刑は賛成である。なぜなら、死刑があることによって凶悪な犯罪がある程度防げているからだ。もし人を殺しても死刑にならないというのであれば、殺人事件がさらに増加するに違いない。
ありうべき批判:死刑の犯罪抑止効果は過大評価されるべきではない。
批判への異論:犯罪抑止効果は有効ではないか。というのも死刑を目の前に突き付けられれば、大抵の人は恐怖のため、思いとどまる割合が増えると考えられる。もちろん、死を以て殺人を制するという矛盾は、指摘できるかもしれないが、社会全体で見た犯罪率の低下という実効に比べれば、その矛盾は無視できる。

21.22レポートの書き方
教科書145~153、159~169ページ。

廣松の怨念・・・この教科書に深くかかわったと思われる、故大庭健氏の廣松渉による呪縛という観点からみると、なかなか興味深いものがある。165ページに、廣松渉の「批判」の定義の引用が例示されているが、首をかしげたくなる。というのも、ここで書かれている「批判というのは吟味・検討の意味でして、全面的に賛成・追認してしまうケースも含みえます」という定義は、(後半部分にややオリジナリティーが認められるものの)廣松固有の定義ではないからである。彼は、批判と言うことを説明するとき、つねに古来批判とは、分ける・より分けるという意味のギリシャ語クリネインから派生していることを強調し、そこから転じて、吟味の意義が生じたと話すのが口癖だった。廣松の引用をするなら、彼独自の「存在の四肢的構造」(これも池上鎌三の受け売りか?)でも例にしてあげればよかったのである。このことが意味するのは定義を引用する場合、定義の歴史を追って、オリジナルなそれを抽出しなければならない、ということである。
■ハインツのジレンマを考える・コミックを読んで手紙を書く

23.インターンシップ発表会

24~26プレゼンテーション
教科書183~193ページ参照。プレゼンテーションはスライドで気を衒う以前に、レジュメを充実させることが大切である。


27.学術講演会

28.レポートを書いてくる

29.レポートの書き直し

30.一年の生活について発表する